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2020年2月16日日曜日

映画 「悪魔のような女」

1955年 フランス。






男ひとりに、妻と愛人……。


この三角関係は、古来から続いていて、男と女がいれば逃れようもない、これから先も続いていく永遠のテーマのようなものだ。




そして、この関係図で、真っ先に思い出させるのが、この『悪魔のような女』である。




名作『恐怖の報酬』のアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の、もう1つの傑作。


1996年にもイザベル・アジャーニやシャロン・ストーンでもリメイクされている。






病弱で気弱な『クリスティーナ』(ヴェラ・クルーゾー)は夫の『ミシェル』(ポール・ムーリス)と共に、パリの郊外で寄宿制の小学校を経営していた。


大勢の生徒や教師たちがいる学校では、こんなクリスティーナに采配なんてのが務まるはずもなく………

代わって夫のポールが実権を握り、校長としてふんぞり返っている。



そんな、ミシェルに逆らう者などなく、常にやりたい放題の日々。



育ち盛りの生徒たちに出される給食なんてのは、ミシェルのドケチ根性丸出しで質素なモノばかりである。



(可哀想に……ちゃんとした食事をさせてあげたいわ)


クリスティーナが、こんな風に思い意見でも言うものなら、ミシェルの荒々しい言葉が逆に返ってくる。



「贅沢な!何でも食え!飲み込め!食べられるはずだ!!」

腐りかけた魚でも無理強いして、食べさせる始末。(ゲゲーッ!)



そんなミシェルは、妻がいながらも同じ小学校の教師『ニコル』(シモーヌ・シニョレ)を、隠しもしないで、堂々と愛人にして囲っていた。


「どうしたの?」

サングラスをかけているニコルを、たまたま見かけたクリスティーナは、ふと話しかけた。


サングラスを外すと、そこには青く殴られた痣が。


夫のミシェルにやられたのだと言う。



もはや、二人は我慢の限界。


妻と愛人の二人は、結託してミシェルの殺害を考えはじめた。



そうして計画を開始した二人。



二人は旅行に行くと言って小学校を出ると、ニコルの自宅にミシェルを電話で誘いだす事にした。


「離婚したいのよ、ミシェル!!」


電話のクリスティーナの言葉に、慌ててやってきたミシェル。


そして、ニコルの自宅に呼び込むと、二人は、言葉たくみに騙して、飲み物の中に入れた睡眠薬を、コッソリ飲ませた。



「どうやら眠ったようよ」

「今のうちよ」

女二人は、ミシェルを担ぐと、やっとこさ風呂場の浴槽に運んで沈めた。


「死ね!この!死ね!!」なんて言いながら暴れるミシェルを浴槽の水の中に押さえつける二人。(なんちゅー殺し方じゃ!)



やがて、ミシェルはおとなしくなり、完全に水の中でブクブクと沈んでいく。


「さぁ、今度はコイツを運ぶのよ!」


ニコルの怒声が、気弱で放心状態のクリスティーナを急き立てる。


その後、二人は遺体をくるんで車を走らせると、何と、自分たちの小学校の使っていないプールに、ドボン!と放り投げたのだ。(まぁ、難儀な事を!でも雑な遺体の後始末)



でも、次の日から、学校に戻ってきたニコルとクリスティーナは、旦那を沈めたプールが気になってしょうがない。


プールの水は、底さえも覗けないくらい淀んでいて汚れている。


水面には、落ち葉や枯れ木が、ユラユラと動いているだけ。




それを、暇さえあれば、校舎の窓から、ずっと見ているクリスティーナ。


(あの水底にミシェルがいる……冷たい水の奥深くに………私たちを恨んでいるかしら?………本当にこれでよかったのかしら?)



時に罪悪感で押し潰されそうになるクリスティーナ。


そんなクリスティーナをニコルは叱咤する。


「しっかりするのよ!何も証拠はないんだから!!」




だが、そんなクリスティーナの前に、死んだはずの夫、ミシェルの痕跡のようなモノが次々と現れ出した。


「あの窓ガラスに校長先生がいたよ!」

ある日、生徒のひとりがミシェルを見かけたという。



(ウソ?!ミシェルは……彼は死んだはずよ!……)


怯えだすクリスティーナ。



(夫は確かに死んでいるはずだ!)

(プールの底に遺体はあるのだから……それとも蘇生して再び生き返っているの?)



グルグルと考えをめぐらせ始めるクリスティーナの周りでは、さらに奇怪な現象があらわれだすのだった………。





この後は、「これでもか!、これでもか!」っていうほど、ホラー映画のような展開がどんどん続いていって、すっかり憔悴していくクリスティーナ。



そうして、最後の最後に、大どんでん返しが待ち構えている。



映画公開時には、「決して結末を教えないでください」なんて、うたい文句まであったくらいで、初めて観た人は、それなりにビックリする事だろう。


自分も、この映画を初めて観た時は、感心した。(かの有名なヒッチコックは素直に大感動したらしいが)


「ホォー」なんて言葉も出たくらいだ。





でも、……

映画を観ながらも、頭の隅にず~っと違和感のように思う事が、チラホラあったのも事実で……。



それは、

『妻と愛人が結託なんてするのかねぇ~』という、ごくごく自然な違和感だ。



どんなに酷い事をしている夫でも、妻が最初に憎むべき対象になるのは《 不倫相手の女性 》。



不倫相手の女性も、また逆で、憎むのは《 妻 》なのである。



《女の敵は女》とはよく言ったものである。



そんな、妻と愛人が結託してまで殺人をするのかねぇ~?




こんな風に考えると、気弱なクリスティーナが、夫にも、ニコルの提案にも逆らえないのは百歩譲って理解できても、一番理解できないのは《愛人ニコルの行動》である。




ニコルなんて、校長のミシェルが嫌なら、さっさと学校を去ればいいだけの話。


無理に殺す必要なんかないのだ。



ましてや、妻と共謀して殺人に加担する必要もない。


愛人のニコルには、そこまでするようなメリットは、全くもって何もないのだ。




でも、クリスティーナに協力するという事は……… 《何か裏があるんじゃないのか?》



普通なら誰でも、こんな風に推理するはずである。



と、ここまで書くと、勘の良い人なら結末を話さなくても、おのずと、このカラクリがどういうものなのか、想像がつくだろうと思うのだが……どうだろう?



そして、『悪魔のような女』が誰の事を指すのか、お分かりになるはずである。





ただ、この映画では、観るべきところは、そんな《どんでん返し》だけじゃない気がする。



それが、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の優れた演出方法。


プールの水や、浴槽に張る水なんかには、「ヌメェ~」、「ドヨ~ン」とした感じが、妙に伝わってきて、この人の映画ならではの怖さを感じてしまうのだ。(リメイクには全然、こんな怖さを感じなかった)



やっぱり、そういう見せ方ひとつでも、他の監督たちとは、まるで違うと思っている。



どんな汎用な話でも、名監督の手にかかれば、傑作になり得るんじゃないのか?



そんな風に思わせてしまう『悪魔のような女』の一編なのでございました。

星☆☆☆☆。

2019年1月16日水曜日

映画 「恐怖の報酬」

1953年 フランス。






ベネズエラのラス・ピエドラス。

あちこちの国から流れてきた不法移民たちが、集まる場所。



今日も道路に、酒場にと、昼間から何をするわけでもない連中たちで、ごった返している。


仕事もなくピザすらもたない移民たちは、こんな風に毎日をブラブラさ迷う。

金も無いので、こんな国を出ていく事さえ叶わないのだ。



その中に若い青年『マリオ』(イヴ・モンタン)の姿もあった。



今日も酒場にやってきては外のベンチにもたれ掛かっている。(他に行くところがないので)



酒場に雇われて床を雑巾がけしている『リンダ』(ヴェラ・クルーゾー)は、そんなマリオを見つけては嬉しそうにチラチラと目線をおくっている。


酒場の主人はそんなリンダとマリオを見つけては面白くなさそうだ。(「ちゃんと仕事しろ!」の怒鳴り声)




そんな時、町のそばに小型飛行機が着陸した。



そこから降りてくる一人の男。

白いスーツをパリッと着こなした、中年の紳士然とした男は、そのままタクシーに乗り込むと町までやってきた。




酒場でブラブラしていた連中は、場違いな格好をしている男の登場に「誰だ?!誰だ?!」の野次馬見物。(暇なので)



もちろんマリオも。


その男『ジョー』(シャルル・ヴァネル)も、浮浪者たちの中からマリオを見つけると、自分から話しかけてきた。



二人は同郷が一緒だと分かるとたちまち意気投合。


調子の良いジョーは、マリオにタクシー代を払う金が無いことを率直に打ち明けた。(無賃乗車じゃねぇ~か! 金も無いのに、よくタクシーに乗れるものだ)



マリオはマリオで自分も金がないのに

「俺に任せてくれ!」と安請け合いする。




で、どうするのかと思えば…………


酒場の主人をうまく騙して、まんまとタクシー代を払わせてしまうのであった……。





冒頭のあらすじは、ここまで。



というのも、この映画150分近くあるのだが、最初の1時間くらいが、マリオとジョー、町の人々の、ノンビリした日常風景が流れるだけだからである。



昔、この映画が批評家たちに絶賛され、名作と言われて、「よし!観てみよう!」と奮起して見始めたはいいが、冒頭のような、ど~でもいいエピソードで、途中「失敗した!」と思い、何度挫折しかけたことか……
(マリオとジョーが仲良くなって、マリオの同居人が変な嫉妬をしたりと、長々とこんなエピソード続く)



今の映画の、スピーディーな展開に慣れ親しんだ現代人には、最初の一時間は、とても苦痛だろうと思うのだ。(自分もそうでした)



でも、そこを乗り越えれば、映画はガラリ!と様相を変えて、途端に面白くなるので、どうぞご辛抱を。






500キロ先の油田で大火災が起こった🔥🔥。


そして、それを鎮火させるために、大量のニトログリセリンを使って、逆に「全て燃やし尽くしてしまおう!」という無謀な計画が持ち上がる。(眼には眼を、火には火を?って感じか?)




だがニトロはあるものの、専用のトラックはない。


普通のトラック2台で運ぶしかないのだ。




そして、そんな命懸けの運転をする者もいるはずもない。



ならばと、責任者のオブライエンは、

「町の仕事にあぶれている労働者たちに、報酬2000ドル💰で募集をかけよう!」

と提案した。



やがて、2000ドルの大金に釣られて、来るわ、来るわ、の男たち。


だが、少しの熱や衝撃で

「ドッカーン!!💥」

と爆発するニトロの破壊力に怖じけづいて、殆どが帰って行く。(無理!無理!)



最終的には、マリオ、ルイジ、ビンバ、スメルロフの4名の男たちが選ばれた。(中年のジョーも名乗りをあげるのだが補欠)




そして約束の集合時間、スメルロフだけ来なかった。


代わりにひょっこり現れたのは、あのジョー。(自分が仕事にありつくために、ボッコボコに痛めつけたと思われる)




マリオとジョー、ルイジとビンバが、それぞれペアを組んで、ニトロを乗せたトラックは、それぞれ、ゆっくりと慎重に走り出してゆく………




ここからが映画は怒涛のように俄然面白い。



最初にほんの数滴垂らしたニトロの爆発的な破壊力を見せているので、舗装されていないガタガタ道をトラックが進むだけでも怖いこと、怖いこと。



4名が進む道には、「これでもか!」というくらい次から次へと災難が降りかかる。



細い崖の道を進んだり、崖に突き出た腐った木材の足場で落ちそうになりながらも、ギリギリUターンしたりして ……


道路の真ん中に巨大な岩石が落ちていて道を塞いでいたり。(他に安全な道はないのか…)



最初、あれだけ伊達男を気取って、マリオに兄貴風をふかせていたジョーは、メッキがとれて、あまりの恐怖にガタガタと震えだしてしまう。


運転をマリオに変わってもらい、しまいには、その隙をみて逃げ出す始末だ。



マリオはマリオで何かに取りつかれたかのようになりジョーを追いかけていって、連れ戻すとボッコボコ。

鬼の形相をして痛めつけたりする。




しまいにはジョーは、「オ~イ、オ~イ!!」泣き出してしまうのだ。(あんだけ強気のオッサンだったのに)




マリオとジョーの力関係が逆転するのである。(あ~、それで、前半に長々とあんなシーンに時間を割いたのか……と、ここで納得)




こんな、次から次に襲いかかってくる困難やドタバタ続きの旅。



そしてニトロは無事に目的地に届いたのか、誰が最後に笑うのか、………それは、ここでは語らないでおこうと思う。



映画は傑作です!



但し、最初の1時間だけを我慢して最後まで観終えてこその感想です。




普段隠してある本性もギリギリ追いつめられれば、それもあらわになる。


ニトロの恐怖を描いていても、こんな裏テーマで怖がらせてしまう特別な映画。


フランスの奇才アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの傑作を1度はどうぞ御賞味あれ。


星☆☆☆☆☆。

※それにしても『マリオ』やら『ルイジ』やらの名前を見かけると『スーパーマリオ』を思い出してしまうのは自分だけか?(笑)