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2021年5月19日水曜日

映画 「サイレント・パートナー」

1978年 カナダ。




気がつけばエリオット・グールドの出演作を追い求めて、たま~に観てみる私。


不思議な人だ。


長~い顔に、さらに長~いアゴを持つエリオット・グールド


濃い髭そり跡に、モジャモジャの黒々した髪の毛で、こんな見た目のグールドは、お世辞にもハンサムとはいえない顔立ちだ。(失礼だけど)



それじゃ演技の方はどうかというと、これも、ごくごく普通な感じがする。


こんな《普通の人》であるエリオット・グールドの主演する映画が「大ヒットした!」なんて話を聞いたこともないのだけど、不思議と主演作や出演作は途切れない。


で、今日に至るのだ。



派手なハリウッドの世界で、エリオット・グールドは《すき間産業》を地でいくような、お人なのである。(こんな《普通さ》が、かえって逆に目立つのかもね)



そんな《普通の人》エリオット・グールドは、この映画では、これまた、ごくごく普通の銀行員役🏦。(一応、主任だけど)



真面目が服を着ているような『マイルズ・カレン』(エリオット・グールド)なんだけど、取りあえずは同じ銀行で働く意中の女性『ジュリー』(スザンナ・ヨーク)がいたりもする。


でも、相手には見向きもされないけど。(目下、ジュリーは銀行の支店長と不倫中)



家に帰れば、趣味で集めた水槽の熱帯魚をボ~ッと眺めるだけの味気ない日々。(熱帯魚集めが趣味とは……とことん地味である)



マイルズの勤める銀行は、いくつものテナントがならぶ、巨大なショッピング・モールの中にある。



もうすぐクリスマス🎄が近づいていて、プレゼントを買い求める客たちで、店内は埋め尽くされている。


そんな状況なので、モールの中にある銀行も大繁盛。


金を預ける人や引き出す人の群れで、連日ごった返しているのだ。(まだ、ATMなんてのが無い時代ですから)



そんな折、マイルズは銀行の閉店間際、捨てられた小切手用紙に、指でなぞられた奇妙な文字を見つけてしまう。


銃を持ってるぞ!金を全部出せ!!🔫


(何だ?こりゃ?!誰かのイタズラか?!…)


特徴のある羽上がった《G》のアルファベットの文字は……はて?この文字をどこかで見た覚えがあるぞ………


そうだ!思い出した!!


エレベーターの側にいつも立っているサンタクロース🎅の扮装をした男が持っていたプラカードだ!!


あの《G》の文字にそっくりなのだ。


(それじゃ、あのサンタクロースの格好をした男が、目の前にある、うちの銀行を襲うつもりなんだろうか?………)



見た目は普通に見えても、機転がきくマイルズは、その日から、そのサンタクロース🎅にジッと目を光らせはじめた。


そうして、とうとう、ある日、あのサンタクロースの男が、用紙を片手に銀行の窓口にやって来たのだ。


それもマイルズいる窓口に!



そっと差し出した用紙には、案の定『銃を持ってるぞ!金を全部出せ!』の文字が書かれている。


サンタの男は、右手をポケットにつっこんでいて(銃を握りしめているぞ!🔫)とマイルズに合図してきた。


マイルズは店内にいる他の客たちに気づかれないように、札束を取り出すとサンタは、それを慌ててポケットにしまいこむ。


「下にある金もよこせ」


小声でサンタがマイルズに耳打ちすると、マイルズは受け付け下のドル札の一枚を、そっと抜き取った。


それと同時に、赤い警報ランプ🚨が点滅する。


警備員が気がついて、「強盗だー!!」と叫びだした。


驚いたサンタは、目くら滅法に発砲すると、人混みをかぎ分けて、一目散に走り去っていった。



その夜、サンタクロース強盗のニュースは、瞬く間に世間に広がり、大々的に放送された。


「恐ろしかったでしょう?大丈夫でしたか?」


「えぇ、まぁ……」


襲われたマイルズの顔がテレビ画面に映し出され、《サンタ強盗が盗んでいった4万ドルの行方は、今、いずこへ?》なんてアナウンスが流れている。



大勢の人々が、そんなマイルズ・カレンに同情的になるのであった。


ただ、一人をのぞいては……


「冗談じゃない!俺が掴まされたのは、はした金だ! あの野郎が俺に罪をきせて、上乗せした大金をネコババしやがったんだ!!


もう、怒りまくりのサンタ強盗=『ハリー・レイクル』(クリストファー・プラマー)。


そう、強盗ハリーの推理どおり、マイルズは銀行強盗の騒ぎを利用して、4万ドルの金をチャッカリと自分の懐に着服したのだった。


それを自分の働いている銀行の貸金庫に隠すと、今度は金庫の鍵を、自宅の冷蔵庫のジャムの瓶の中へと、ポトン!(まぁ、気が利いてるし、用心深いことよ)


(俺にこんな大胆な事が出来るなんて……)


すっかり変な自信?がついたマイルズは、心なしか他の事でも積極的になり、ジュリーにも大胆にアプローチしはじめてくる。


「あなた、なんだか雰囲気が変わったわ」


そんなマイルズに、とうのジュリーの方も満更イヤではなさそうな様子である。(不倫中なのに簡単になびいてくる、この女もいかがなものか?)


だが、こんな状況に、あの強盗犯ハリーが黙っているはずもなく……




この映画、とんだ拾いモノだったが、まぁまぁ面白かった。

面白かったんだけど、当時ヒットしたのかな?これ?(今まで知らなかったけど)


最初に書いたように、エリオット・グールドはハンサムな顔立ちでもないし、普通なんだけど、この映画のエリオット・グールドは、なぜか?超モテモテである。


最初はなびかなかった『ジュリー』(スザンナ・ヨーク)にも急に好かれるようになるし、


金の在りかを聞き出す為に、強盗犯ハリーが送り込んだ情婦でスパイの女性『エレイン』(セリーヌ・ロメス)さえも、ミイラ取りがミイラになってしまって、マイルズの魅力にメロメロ状態になってしまう💖。


そんなエレインなんか、「気をつけて!」なんて言いながら逆にマイルズの方へ寝返っちゃう始末。


おまけに、金は頂いてしまうは、機転が利いていて頭は良いわ………


ちょっと、あんまり「エリオット・グールドを持ち上げすぎなんじゃないの?」ってツッコミを入れたくなるほどである。




片や、この映画では準主役のクリストファープラマーはというと…



この人の顔こそハンサムと言っていいほど、整った顔をしてるんじゃないのかな。

金髪で彫りの深い顔立ちで。



つい最近、ダニエル・クレイグ主演の『ナイブズ・アウト』で富豪の小説家役をしていたプラマーも、その後亡くなってしまったけど(合掌)、若い時のプラマーは、中々のイケメンさんで、マイケル・ケインにも似た感じがする。(なんたって『サウンド・オブ・ミュージック』ではトラップ大佐役ですもんね)


この映画『サイレント・パートナー』で、それまでのイメージを払拭したかった、という事だけれど……結果、これが良いイメージ・チェンジになったのか、どうか…。



なんせ、この『ハリー・レイクル』という役が、まるでダメダメ最低人間なんですもん。



イライラして、鬱憤が溜まると平気で女に暴力をふるったり、足で女性の顔を踏んづけたり👣もする最低男。(ゲゲッ!)


おまけに、情婦のエレインなんかは、むごたらしく殺してしまうし。(まるでダリオ・アルジェントの映画みたい)



強盗犯で、DV男、それに殺人犯……。


これで知能犯として、少しでも頭さえ良ければいいのだが、この『ハリー』は、根っからの《トンマ》《お馬鹿さん》ときてる。



実際、この強盗の計画も、最初からマイルズに気づかれるようなドジをふんでいるし、そもそも計画自体がお粗末。


単独で変装して、「銃を持ってるぞ!金を出せ!」ってやり方も、素人目にみても「アホか」って話なのだ。


こんなハリーは、まるで学習能力がないのか…最後は女装して、もう1度同じ手口で銀行強盗に入るのだが、今度は警備員に撃たれて、あっけなく死亡。


醜い最期をさらして死んでいくのである。



悪役が、卑劣でも残忍でもいいけど、

お馬鹿さんだけは、いくらなんでもいただけないかも (笑) 。



でもクリストファー・プラマー本人は、この最低ダメ人間を演じてみて、その後の俳優人生に、ひとすじの光明でも見つける事ができたのだろうか。


今となっては知るよしもないが……。



この映画を観ると、俳優たちにとって、生まれた時代ってのは大事なんだ、とつくづく思ってしまう。


エリオット・グールド、クリストファー・プラマー、もし、この二人が、あと20年くらい早く産まれていたとしたら……



ハンサムでもないエリオット・グールドは、間違いなく主役にはなれないだろうし、


クリストファー・プラマーのイケメンぶりは、スターシステムが健在だったハリウッドの力で、グレゴリー・ペックやゲーリー・クーパーみたいな扱いになっていたかもしれない。(もちろん、こんなゲテモノみたいな役をするはずもない)



その時代の人々の趣向や価値観などが、俳優たちの配役や人生をも、大きく左右する。


そんな風な事を考えてしまった『サイレント・パートナー』なのでございました。


長々とお粗末さま!


星☆☆☆。

※この長~い顔も、見慣れてくると味わい深くなってくるから、ホント不思議だ。


2021年3月27日土曜日

ドラマ 「消えた花嫁」

1986年 アメリカ(NHKでは1990年)。





『生きていた男』を観る前から、ずっと、頭に浮かんでいたのが、この『消えた花嫁』。


アメリカではテレビ映画扱いなんだけど、このblogでは取りあえずドラマ扱いとしておく。(アメリカのテレビ映画って日本では二時間ドラマみたいなモノだから)


でも、この『消えた花嫁』を覚えている人も、今じゃ、どれくらいいることやら……。



なんせ、1990年、大晦日近くにNHKでたった1回だけ放送されたっきり。


あの頃、ビデオ普及の時代に、特にそれを観たかったわけでもないのに、その時間に、たまたまタイマー録画をしていた自分は超ラッキーだった。(多分、年末の長時間バラエティー番組に飽き飽きしていたのだろう)


そう、《ラッキー》だったのだ!


この『消えた花嫁』、前回挙げた『生きていた男』の、何段も上をいくような衝撃!


《どんでん返しモノ》の大傑作なのである。




アルプスのスキー・リゾートに新婚旅行でやってきた夫婦は、ある夜喧嘩になり、妻のクリスが飛び出していった。

夫の『ハリー』(マイク・ファレル)は、そんな事情を説明して地元の警察に届けを出す。


「いなくなってたった一晩でしょ? ただの夫婦喧嘩ならすぐに戻ってきますよ」

『ルドマイヤー警部』(エリオット・グールド)は、あまり深刻そうでもなく、カル~イ様子。


「真剣に捜索してください!妻の身に何かあったかもしれないんだ!」

ハリーはルドマイヤー警部の応対にイライラしながらも、懸命に訴えた。



翌朝、ハリーのロッジにルドマイヤー警部が、早速やってきた。


「奥さんが見つかりました」

ルドマイヤー警部の後ろからは神父の『マクリン』(フレッド・グワイン)と女性(マーゴット・ギター)が続く。


「もし奥さんを愛しているなら寛大な心で許しておやりなさい」

マクリン神父は諭(さと)すように、目の前のハリーに語りかけた。


女性はハリーを見ると、「許してちょうだい!ハリー、私が悪かったわ」と目に涙までためている。



だが、肝心のハリーは……


「誰なんだ?君は?!」の一言。



「何を言ってるの?ハリー、妻のクリスよ!」


「知らない!!こんな女、今まで会ったこともない!!」


「ひどい、ひどいわハリー!」神父に支えられて泣き崩れる女性。


ルドマイヤー警部も加勢して、「彼女が奥さんのクリスさんでしょ?!」と言うものの、ハリーは後方に下がって首をふるばかり。



「違う!こんな女は妻なんかじゃない!!」



果して、彼女は本物のクリスなのか……。





こんな導入部ではじまる『消えた花嫁』である。



どうです?面白そうでしょ?(それにしても画像を探してもないですわ)



主人公ハリーにしたら、目の前に突然現れた見知らぬ女が、妻だと名乗りでて、猜疑心で、何がなにやら、訳の分からない状態。


(誰なんだ?こんな芝居じみた事をして……いったい何が目的なんだ?……)ってな具合なのだ。


しかも、ルドマイヤー警部も神父も、完全に、この『見知らぬ女』(マーゴット・ギター)を信用していて味方になっているのだから、手に負えない。


孤立無援のハリーなのである。



こんな疑念だらけの中でドラマは進んでいき、やがてラスト、驚愕の《どんでん返し》がやってくる。


この《どんでん返し》を上手く表現するのなら、まるで万華鏡のような《どんでん返し》。


それまでの登場人物たちのイメージ、全てが反転するような、そんな見事な《どんでん返し》なのである。(もう、誉めちぎり!)



このドラマを当時、制作したのが『刑事コロンボ』や『ジェシカおばさんの事件簿』などを作っていたのと同じチーム。(なるほど!ミステリドラマの「なんたるか」を熟知しているチームである)



原作は、フランスの《ヒッチコック》と言われていた劇作家、ロベール・トマが書き下ろした『』という舞台劇である。


この『罠』も、日本では好評みたいで、何度も繰り返し、舞台上演されているらしい。



で、こんな有名な原作、この『消えた花嫁』以前にも、とっくに映画にもなってるいるかなぁ~と調べてみると、邦題で『罠』(1949)って映画を見つけた。


監督はロバート・ワイズ。(サウンド・オブ・ミュージックの監督さん)

内容はというと、「ボクシングがナンタラ、かんたら……」


全然、ロベール・トマの『罠』とは関係なさそうである。(くれぐれもタイトルが同じだからといって、お間違えのないように)



やっぱり、この『消えた花嫁』が、いまのところ舞台劇の原作に一番近いかも。


その後、かろうじてビデオが発売されたらしいが、やっぱり日本では、いまだにDVD化もBlu-ray化もされておりません。(またもや)


NHKの吹き替えでは、主人公ハリーの声をあてたのが、名声優富山敬さんだったと思う。


吹き替え付きで、DVD化されないかなぁ~。


『M★A★S★H』のエリオット・グールドや『スーパーマン』のマーゴット・ギターも出てるのに。



いつか、この傑作が発売されたら、是非、《どんでん返し》の妙技に酔って頂きたい。


微力ながら、ここに挙げておこうと思う。(メーカー様、よろしく!)

星☆☆☆☆☆。


2021年1月2日土曜日

映画 「M★A★S★H マッシュ」

1970年 アメリカ。





時は朝鮮戦争の真っ只中。


最前線から5キロくらい離れた場所に、それはある。


アメリカの陸軍移動外科病院。(単に野営テントをいくつも張り巡らして、そこで戦場負傷者の手術をしたり、外科的な処置をする場所だが)

通称《MASH》である。



そんなMASHに配属されてきた軍医『ピアース大尉(通称、ホークス・アイ)』(ドナルド・サザーランド)と『フォレスト大尉(通称、デューク)』(トム・スケリット)。

二人とも外科の腕前は一流なのだが、酒は呑むし、女好きだし、イタズラ好き。



毎日、大量の負傷者が出て、12時間以上も激務をこなしている軍医や看護師たちの中では、到着そうそうから、特に異彩を放っていた。


「助けられる命は助ける!でも死人が出ようが、負傷者が次々運ばれてこようが、悲観的なってたまるか!こんな所でも明るく楽しくワイワイやる!」


簡単に説明すると、常にそんなのを信条にしている二人なのである。



そんな二人が、この場所の責任者で司令官の『ブレイク中佐』に案内されて、住居となる野営テントにやって来ると、同室の『バーンズ少佐』(ロバート・デュバル)は、二人とは真逆の堅物。


酒は呑まないし、熱心なクリスチャン。


仕事がない時は、常にブツブツと祈りの言葉を唱えるという変わり種だった。

こんなバーンズ少佐と、二人が合うはずもなく、「気が変になりそうだ!早く、バーンズを変えてくれ!」とすぐに直訴。



そして、代わりに、二人のテントにやって来たのは、『マッキンタイア大尉(通称、トラッパー)』(エリオット・グールド)だ。

髭もじゃで、おかしな風体のトラッパーだが、外科の腕前もピカイチで、冗談も通じる相手だ。


ホークス・アイ、デューク、トラッパーの3人は、すぐに意気投合する。


そんな3人は《MASH》で激務をこなしながらも、女性看護師にモーションをかけたり、仲間をふやしながらイタズラに明け暮れる日々をおくるのだが………。



ちょっと分かりやすく書いてみた『M★A★S★H』のあらすじというか、この話の骨格である。


と、いうのも、この映画、たくさんの登場人物たちが次々現れるわりには、個人の名前以外にも、ご覧のように通称なんてモノが、一人一人にあって、1回観ただけじゃ、とても覚えられないかも。


その人物たちを区別して覚えるだけでも大変なのに、通称なんてのがあれば、「誰が誰だっけ?」って頭こんがらがってしまう。(自分は、とても1回観ただけじゃ覚えられませんでした)



おまけに、ドナルド・サザーランドや、トム・スケリット、エリオット・グールドたちも出ているのだが、この3人も、いつものそれとは、全く違う容姿なので、最初観た時は、「この人が、誰々でいいんだよね?……」と、ゆっくり確認しながら観るという、今回ばかりは、特別な念のいれようでした。



ビートルズのように前髪をそろえたストレート・ヘア、ブラウンのサングラスをしているのが、ドナルド・サザーランド。(クルクル・パーマで口髭のサザーランドを見馴れていたせいか、「本当に誰?」って感じ)


中央の一番若そうなのが、トム・スケリット。(こちらも『トップガン』で口髭をたくわえた中年のスケリットしか記憶に残ってないので、「髭がなくて、若い時のスケリットって、これ?」と妙な違和感)



エリオット・グールドなんて、特に異様に感じた。


髭もじゃで、髭ダンスみたいな姿は、もはや、誰とも判別しにくいかも。(「グールドだよ!」と言われなければ、ただの山男だよ、これ! (笑) )


こんな3人だけでも、とりあえず覚えて判別できれば、やっと映画の内容に入っていきやすいかも。




酒はマティーニを愛し、暇さえあれば女看護師を口説くホークス・アイ。


デュークは、デュークで、お祈りの合間に現地の少年に読み書きを教えるバーンズ少佐をからかったりする。


そして、その少年には内緒で、「絵があったほうが覚えやすいだろう」と、過激なエロ本をあげちゃうデューク。


ホークス・アイは、昔トラッパーとアメフトの試合で知り合いだった事を思い出した。


「お前、あの時のトラッパーか?!」

こんな3人は、たちまち仲良くなる。



でも、こんな奴らを、あのお堅いバーンズ少佐は苦々しく見ている。


3人は3人で、クリスチャンでお堅くても、死人が出れば他人に罪をなすりつけるバーンズ少佐のひねくれた性格が大嫌い。


とうとう、ある日、トラッパーが、そんなバーンズを殴り付けてしまった。


そこへ、軍から派遣されてきた、お堅い女性将校『ホーリハン少佐』に、その現場を見られてしまったのだから、さぁ大変だ。



トラッパーは、しばらくの間、宿舎に逮捕監禁。


でも……「司令官のブレイク中佐は甘いわ!軍に告発状を送るわ!!」と、軍の規律が一番のホーリハン少佐は、ひとり、プンプン息巻いく。



ホークス・アイにもお説教するホーリハン少佐。


「軍では上下関係が第一。規律を乱すあなたたちは最低だわ!!」と。


美人でも、軍人バカのホーリハン少佐に辟易する3人。



こんなホーリハン少佐、憎む相手が同じなのか、次第に、あのバーンズ少佐と意気投合していく。


「あなたに出会えたのは神のお導きだ!」と、バーンズ少佐もホーリハン少佐にメロメロになっていく。


「まぁ、うれしいわ。抱いて!抱いてちょうだい!バーンズ少佐!!」軍の規律には厳しくても、女の本能がバーンズ少佐を欲してしまったホーリハン少佐。(どこがお堅いんだろう (笑) )



夜のテントの中で、二人は激しく求め合いはじめた。



と、そこへ、(チャ~ンス!!)とばかりに、仕掛けられた隠しマイク。


二人の喘ぎ声は、実況放送され、他のテントにまで大音響で響き渡った。



大きな声で、「Oh!、No!、Oh!」と悶えるホーリハン少佐は、次第に自分の声で我にかえる。



「キャアーーーッ!!!」


そして、次の日から、ホーリハン少佐の通称は『ホット・リップス(熱い唇)』と呼ばれるようになったのだった………。




戦争の悲惨さなんて微塵もない、戦争を茶化して、馬鹿にして、こんな風刺的なブラック・コメディを作り上げてしまったロバート・アルトマン監督。


アルトマンの、この『M★A★S★H』は、珍しい切り口で、当時、皆を驚嘆させて、たちまちアルトマンの名を世界中に広めた。



カンヌ国際映画祭ではパルムドールを受賞したり、アカデミーでも脚色賞までとってしまう。

それまで、異端児すぎて、あちこちでつまはじきにされてきたアルトマンなのに。(天下のワーナーには首にされてるしね)



ただ、早くから、このロバート・アルトマンの才能に、いち早く目をつけていた人物がいる。



あの、アルフレッド・ヒッチコックである。


「あいつ、面白い!」と、自分のテレビ番組『ヒッチコック劇場』の監督をさせたりしている。



確かに、ハマれば面白いロバート・アルトマンの映画なんだけどねぇ~(でも、この『M★A★S★H』にしても、私のように、1度観たくらいじゃ理解できない人もいるかも)



それに、この映画、どきついイタズラを公然と描いていて、それをおもいっきり茶化しているし、今のハリウッドでは、これを《良し!》としないはず。



この後も、映画は続き、3人組の破天荒さは、さらにエスカレートしていく。


たわいのないイタズラとして受け取れない人には、あんまりオススメできないかな~。(自分は充分面白かったし、笑えたのだが……)


とりあえず、今の時代に配慮して、星★★★とさせて頂きます。(ちょうど、タイトルに★が3つ入ってる事だしね)



それにしても…戦争中に、ゴルフしたり、芸者遊びしたり、アメフトの試合したりして、本当にいいのか?こんなんで?!


「これでいいのだ!!」(by ロバート・アルトマン (笑) )


2019年10月12日土曜日

映画 「ロング・グッドバイ」

1973年 アメリカ。





正直、レイモンド・チャンドラーという人は苦手だ。



だから、以前このblogで紹介したヒッチコックの『見知らぬ乗客』やビリー・ワイルダーの『深夜の告白』でも、あまり良い風には書いてないと思う。


いずれも、それらは脚本家としてチャンドラーが関わった映画なのだが、監督やその原作者たち相手に罵詈雑言。


ところ構わず癇癪をおこすほどだったらしい。



では、そんなチャンドラーが小説家として、生涯に書きのこした小説たちは、どうかというと、今でも熱狂的なフアンに支えられて、本人の人柄とは関係なく、金字塔のように存在している。



1939年に『大いなる眠り』で長編デビユー。

その後、1959年に『プレイバック』を書くと亡くなった。


その20年間に書いた長編小説は、わずか7冊。(未完の小説も入れると8冊)
チラホラ短編・中編集もあるが、ほんの数冊である。



こんなチャンドラーの書いた小説の何が魅力的なのだろう?(ハードボイルド小説が、全く理解できない自分なので)


やっぱり、創造した私立探偵『フィリップ・マーロウ』の人気なのだろうか(それしか推測できませんが)




そんなフィリップ・マーロウを、映画でも大勢の俳優たちが、こぞって演じております。


●ハンフリー・ボガード『三つ数えろ』(小説名『大いなる眠り』)


●ロバート・ミッチャム『さらば愛しき女よ』、『大いなる眠り』


●ロバート・モンゴメリー『湖中の女』


●ジェームズ・ガーナー『かわいい女』


●ジェームズ・カーン『マーロウ最後の依頼』(未完の『プードル・スプリングス物語』)などなど………。



本当にみんながフィリップ・マーロウをやりたいんだなぁ~(最近では日本でも浅野忠信がマーロウをやってるし)






この『ロング・グッドバイ』の原作『長いお別れ』が、なぜか?日本では昔から異様な人気。

毎回ミステリー小説のアンケートをとれば、一位、二位の上位にくるくらい。


村上春樹なんて、自ら翻訳をやり直したくらい熱狂的に、この小説を愛している。





こんな人気の小説を、当時、ロバート・アルトマンが監督して作った『ロング・グッドバイ』。


興行的には失敗したものの、後年、一部のフアンからは大歓迎されて、カルト的な人気に支えられて、今では見直されていて評価も高い。


アルトマン監督は、色々と大胆に、原作を脚色、アレンジしているが、原作フアンからは、「それが逆に素晴らしい」と大絶賛されているそうな。



小説が発表されたのが1953年。

でも、それを70年代に設定して、エリオット・グールドにマーロウを演じさせている。






夜中に腹を空かせた飼い猫に、「ニャ~ニャ~」と、無理矢理起こらされるマーロウ。


あいにく猫のお気に入りの缶詰がなくて、夜中のドラッグストアまで車を走らせて、眠い目をこすりながら、買い出しに走るマーロウ。


「カレー味のキャットフードの缶詰がほしいんだが?」

店員にたずねるも、「品切れです」の言葉。
しゃ~ない。



帰ってきて、猫に隠れて、変わりの缶詰にカレー粉を混ぜて出すマーロウ。(猫だし、多少の違いは分からんだろうさ)


「ほら、食え!お前の大好物だぞ!」

だが、猫は、そんなまがい物には目もくれず、「フン!」とばかりに横を向くと、スタスタと出ていった。


「こんにゃろ!勝手にしやがれ!」と叫ぶマーロウなのだった。






こんな感じで始まる『ロング・グッドバイ』の冒頭だが、もちろん原作にはこんなシーンもなければ、描写も存在しない。

この後も犬に吠えたてられるマーロウなど、全てがアルトマンの脚色である。





でも、原作フアンからは大絶賛されている。
なぜか?



それは『友情に厚いマーロウ』という、原作の柱というか、この小説の核というものだけは、まったく変えていないから。




この小説の根本といえるのが、マーロウとテリー・レノックスの友情。

それゆえに、親友の無実の為に、マーロウが奔走する原動力でもある大事な部分。


それを柱においているからこそ、アルトマンが70年代風に自由にアレンジや脚色しても、原作フアンには納得の改変なのである。



黒いヨレヨレのスーツに身を包んで、暇さえあれば、1日中煙草をスパスパ吸っているエリオット・グールドのマーロウ。


飄々としていても「やるときゃ、やる!」の信念をもつマーロウ。



この雰囲気、自分も嫌いじゃないし、むしろ好感をもって最後まで楽しんだ映画なのでした。




バックに流れる音楽も、なかなか良い。


気だるい感じや、マーロウの孤高の具合に上手くマッチしているように思える。




これはこれで、なかなか素晴らしい映画に仕上がっているんじゃないかな?

星☆☆☆である。



※ただし、原作者のレイモンド・チャンドラーが生きていて、この映画を観たなら文句タラタラだったかもしれない。


「こんなのはマーロウじゃない!」と、またもやキレていたかもしれない。


なんせ、チャンドラーのイメージするフィリップ・マーロウは、あの『ケイリー・グラント』なのだから。



自分からすれば、

「え~?!ケイリー・グラントがマーロウ役?全然イメージと違う!」と思うのだが……。



友情に厚いマーロウ役ねぇ~。



ケイリー・グラントなら、そんなのほっといて、ジョークをとばしながら美女とたわむれていそうだが。(笑)

この、チャンドラーと我々一般庶民の感覚の差が、案外、チャンドラーが映画脚本家として成功しなかった原因のように思えてならない。


お粗末様。