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2021年7月4日日曜日

映画 「妖婆の家」

1965年 イギリス。




日本じゃ公開当時から、ちと残念な扱いをされている、不遇な映画なのかもしれない。


1962年に『何がジェーンに起こったか?』が、公開されると、たちまち、それまでのベティ・デイヴィスのイメージは一変した。


恐ろしい顔の婆さん!


妖怪のような婆さん!


気持ちの悪い婆さん!


になったのだ。(まぁ、本人が望んで、そんなイメージ・チェンジを図ったんだから、誰のせいにも出来ないのだけど)


『何がジェーンに起こったか?』のベティ・デイヴィス


美人女優として名をはせていた『痴人の愛』や『イヴの総て』のイメージは、すっかり霞んでしまい、もはや《化け物》のようなイメージのベティ・デイヴィス。


こんなイメージは、観た人々に刻印のごとく、深く焼き付いてしまったのである。



一方、この監督であるセス・ホルトはというと……


俳優として出てきたはいいけど、まるで売れない日々に悶々として、いつしか裏方にまわって、脚本やアシスタント・ディレクターなどの下積み時代を経験してきた人。


セス・ホルト監督


やっと映画監督として、映画が撮れるようになっても、その会社は《怪奇モノ》や《ホラー》の老舗である『ハマー・プロ』だったのだ。


『ハマー・プロ』といえば、ドラキュラやフランケンシュタインなどの《怪奇モノ》映画を次々と乱発していた会社。


そんな『ハマー・プロ』で、セス・ホルトは、映画『恐怖(1961)』を、やっとのおもいで撮りあげる。


『恐怖』のスーザン・ストラスバーグ


恐怖(1961)』は、練り上げた脚本、素晴らしいどんでん返しがきいているという良質なサスペンス映画である。


怪奇モノだらけの『ハマー・プロ』では、いかに異質な作品なのか、お分かりになるはずだろう。


後年、ハマー・プロの専属俳優だったクリストファー・リー(ドラキュラ役で超有名)が、この『恐怖(1961)』について、「《ハマー・プロ》で唯一の傑作!」と誉め称えている。(クリストファー・リーも出演しております)



そんな《ハマー・プロ》の監督セス・ホルトと、化け物イメージのベティ・デイヴィスがタッグを組むとなると、どんな映画になるのか。



日本では、最初から怪奇・化け物ホラー映画と、勝手に決めつけてしまっていた!



そうして、原題の『THE NANNY(乳母、ばあや)』は、『妖婆の家』なんていう、ひどいタイトルに変えられたのだった。


当時の日本の宣伝マンが誰かは知らないが、

「《ベティ・デイヴィス》=《妖怪のようなお婆さん》なんだから、《妖婆》ならインパクトがあるだろう!」

なんていう、安直な邦題のつけ方だったんじゃないのかな?



お次は、ベティ・デイヴィスの顔を恐ろしく、どぎつく描いた映画ポスターや、他の《ハマー・プロ》作品とのコラボのチラシ作り。



こんな宣伝をされたんじゃ、観る前から、


どんだけ不気味で恐ろしい映画なの?!

って、誰でも思いこんでしまうはず。



だが、………この映画は、そんな宣伝とは全くと言っていいほど、違う種類の映画。


『ばあや』(ベティ・デイヴィス)の見た目の不気味さは多少はあれど、日常に起こった悲しい悲劇と、それぞれの人々の猜疑心などを描いたサスペンス・ドラマなのである。(もう、全然違うやんけー! (笑) )




外交官をしている『ビル・フェイン』は出張が多くて留守がち。


その妻である『ヴァージー』は、二人の幼い息子『ジョーイ』と小さな娘『スージー』がいるのに、まるで何も出来ないお嬢様育ちである。(すぐに泣き出すし)


そんな『ヴァージー』をサポートするように、子供の頃から面倒をみてくれてた『ばあや』(ベティ・デイヴィス)が、今も住み込みで、家事から子供たちの世話までを、一切合切引き受けてくれている。



そんな《家》で、ある日、事件は起きたのだ!


幼いスージーが、浴槽の中で溺れて死んだのである。


真相は分からずじまいだったが、ビルもヴァージーも、息子のジョーイに疑惑を向けた。


「ボクは知らない!」

と言うジョーイだったが、普段の素行が悪くて、毎度タチの悪いイタズラを繰り返していたジョーイは、両親にも信用ゼロ。


施設へと預けられて、一家は不幸な出来事を忘れよう、忘れよう……と努力してきたのだった。



そんなジョーイが、2年ぶりに10歳になって帰ってくるという。(施設でも、タチの悪いイタズラを繰り返して放校になった)



「私は迎えにいかないわ!」

泣きじゃくるヴァージーをなだめながら、夫のビルと『ばあや』は、二人でジョーイを迎えに行った。


そんな『ばあや』に、ジョーイは敵意をむき出しにして反抗するのだが……



こんなジョーイのあからさまな敵意で、


《『ばあや』が『スージー』を殺したのか?》


なんて、観ている人は、すぐに考えるはずだが、事はそう単純ではない。


『ばあや』の振る舞いも、異常なところは全くないし、完璧に家事をこなすし、ジョーイにも嫌な顔もせずに振る舞うのだ。




むしろ、ジョーイの方が帰って来てからも、やりたい放題。(本当にクソガキ)


『ばあや』の用意した部屋は気に入らず、勝手に部屋を移ったり、『ばあや』の用意した食べ物は一切口に入れない。(ここまでは、《『ばあや』が妹を殺して、自分も殺される!》と思いこんでいるジョーイの自然な行動だと思えるのだが)


それでも、それを差し引いても、牛乳配達人に家の真上から鉢を落として驚かせたりするのは悪質。


浴槽にお湯を張って、人形をうつ伏せに浮かべるのは、相当ひどい残酷なイタズラである。


「キャアアーー!!」

死んだスージーのトラウマが甦って、それを見た『ばあや』は卒倒する。(だんだん、ベティ・デイヴィスが気の毒に思えてくるわ)



そして、映画のラストも、真相が分かってしまうと、これまた一気に『ばあや』に同情してしまう。


不幸な偶然が重なった事故だったのだ……


誰が悪いわけでもなかったのである。(くわしく書きたいけど………………ん~ここは我慢して、こらえたい (-_-;) )


『ばあや』の涙、ジョーイの改心で映画は幕となる……



この映画を「つまらなかった!」って言う声もあるが、自分は良くできてると思った。


でも、「つまらなかった!」って言う人の気持ちも、よく分かる。


なんせ、邦題が『妖婆の家』で、怪奇ホラーのごとく、宣伝部が「怖いぞ~、怖いぞ~、恐ろしいぞ~」と、煽(あお)るだけ煽ったんですもの。


『何がジェーンに起こったか?』と同じくらいか、それ以上の《ドギツイ恐怖》を、いやがおうもなく期待するというものである。(中身は全然違うのにね)


《ベティ・デイヴィス=怖い》、のイメージを一旦忘れて、白紙の気持ちで観ることをオススメしておきます。


星☆☆☆。



※後、私が特に気になったのは、『ばあや』(ベティ・デイヴィス)の極太眉毛である


まるで、太いマジックのようなモノで、大胆に描かれた極太眉毛は、どうしても目がそちらにいってしまう。(こんなに太く描く必要あったの?)



ジョーイのパパ『ビル』(ジェームズ・ビリアーズ)の眉毛も気になる、気になる。


「この眉毛つながってるのか? つながってない? やっぱり、つながってる?!」



とにかく、眉毛に目がいく映画である。


ある意味、こんなところが、ホラーって言われればホラーなのかもしれないけどもね (笑)。

2020年3月17日火曜日

映画 「ナイル殺人事件」

1978年 イギリス。







「リネット、私、結婚したい人がいるのよ!」



旧知の親友『ジャクリーン』(ミア・ファロー)は、訪ねてくると藪から棒に切り出した。



(可哀想なジャクリーン……実家は破産して落ちぶれてしまって………)


いまや、アメリカ一の大富豪で、巨額の遺産相続人となった『リネット』(ロイス・チャイルズ)は、憐れみの表情で、「まぁ、おめでとう」と言うのが精一杯だった。




「でも彼も私も文無しなの。そこで彼を雇ってくれないかしら?お願いよ!」


(ジャクリーンの彼氏を雇う?………まぁ、それくらいは慈悲の心で手助けしてやってもいいかもね)





ジャクリーンは嬉々として、彼氏の『サイモン・ドイル』(サイモン・マッコーキンデール)を連れてきた。




スラリとした、それでいて逞しい体。

顔は二枚目の超ハンサム。



「これなら安心して任せられそうね」

リネットは、そう言いながらも心では、もう決断していた。



(ジャクリーン、この人は貴女には勿体ないわ。私が頂くわよ)と………。




美人で若くて大富豪のリネットに不可能はないのだ。

欲しいモノなら何だって手に入るんだから。



そうして、サイモンを略奪して数ヶ月後には、とうとう結婚までこぎつけたリネット。



「新婚旅行はどこがいい?」

いまや、リネットに骨抜きにされたサイモンが聞くと、リネットは答えた。



「もちろん、『エジプト』よ!」と。




ご存知、アガサ・クリスティーの名作の映画化である。



クリスティーの小説を、若い時に熱心に読んでいた自分には、今、この歳になってみて、やっと分かった事がある。


クリスティーが、いつまでも『愛される理由(わけ)』が………。



誰にだって、自然のように発している言葉や行動の裏には、ひた隠しに隠したい《理由》や《本音》があるのだ。



それは誰にも知られたくないデリケートな部分。



でも、人間ゆえ、何気に発した言葉や行動の端々に、それを垣間見せるようなモノが、時として、「ヒョイ!」と顔を出してしまう瞬間がある。



それは、まさにスリリング。


大抵の人は、それにも気づかずにやり過ごすだけなのだが、《 ある誰か 》にとっては、それは、時として、とんでもない化学反応を、起こす事もあるのだ。


そんなものを、クリスティーは上手くすくいあげて、小説にしてしまうのである。



だから、クリスティーの小説は繰り返し読んでも面白いし、いつまでも色褪せないのだ。





冒頭に書いた、リネット、ジャクリーン、サイモンも、それは、しかりで、複雑な《本音》や、その《理由》を抱えていて、まんま単純な人間たちじゃない。



そして、それは他の登場人物たちにしても。



エジプト旅行でやってきたリネットとサイモンが出会う人々も、また、それぞれが複雑な《本音》を隠している。



リネットの付き添いメイド、『ルイーズ』(ジェーン・バーキン)は、彼氏と結婚するのに高額な持参金目当で、高圧的なリネットに我慢する日々。

でも、心の中では「畜生!あの女~!」なのだ。(分かるよ、その気持ち)





弁護士でリネットの財産管理人の『ペニントン』(ジョージ・ケネディ)は、裏で勝手に、リネットの財産を私物化した事がバレやしないかとヒヤヒヤ。






富豪のワガママな老婦人『ヴァン・スカイラー』(ベティ・デイヴィス)は、自身の盗癖に悩まされているが、リネットが首にかけている真珠のネックレスを目の当たりにすると、ヨダレを垂らしそうなくらいだ。






そんなヴァン・スカイラー婦人に仕えている付き添いの『ヴァワーズ』(マギー・スミス)は、今の現状にイライラ。


「リネット………あの女の父親がうちを破産させたもんだから、私があんなクソババァ(ヴァン・スカイラー婦人)に顎でこき使われる日々なのよ。こんな惨めな暮らしも全部アイツらのせいなのよ!」



リネットを見つめる目は、憎悪にみち溢れている。






『ミセス・オッタボーン婦人』(アンジェラ・ランズベリー)は恋愛小説家だが、リネットに「低俗なエロ小説!」とけなされて、ヤケクソになり、毎日が酒浸り。


そんな母親が心配な娘『ロザリー』(オリビア・ハッセー)は、終始目が離せなくて、精神的に、もうクタクタだ。





「どれも、これも全てリネットのせい………」



誰もかれもが、様々な《理由》で、リネットを恨む《本音》を隠しているのだ。




そして、恋人サイモンを奪われたジャクリーンも ……… 。




クリスティーの小説には、無駄な脇役たちなんて一人も存在しない。




こんな気持ちを隠しながら演じられる楽しさは、たとえ脇役でも役者冥利に尽きるのだ。

だからこそ、有名俳優たちは、こぞって出演をO.K!するのである。




そんな一癖も二癖もあるような人物たちの《本音》を暴いてゆくのが名探偵『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)。



当時、ピーター・ユスチノフが大好きな淀川長治先生の身贔屓(みびいき)で、なぜか?ユスチノフのポアロ・シリーズは、繰り返し定期的に日曜洋画劇場で放送されていたものである。(淀川先生は太った男の人が好み)



たまにテレビをつけると、「ありゃ、また、やってるわ」ってな感じで観ていた記憶。

まぁ、あればあるで、のめり込んで観てしまうんだけどね。




壮大な景色が大パノラマで広がるエジプトのロケーション。

ピラミッド、スフィンクス、ナイル川 ………



映画を観るだけでも、その土地に行っているような観光気分も味わえるし。

特に、今のコロナ騒ぎで、どこにも行けない現状に辟易している人には、まさにうってつけ。



一時でも、人間ドラマと観光気分の両方を、満足させてくれるなら、これこそ、この機会に是非にと、オススメしたい1本なのであ~る。


星☆☆☆☆。

2018年12月17日月曜日

映画 「何がジェーンに起こったか?」

1962年 アメリカ。






1917年、『ジェーン・ハドソン』は、わずか6歳にして、ボードヴィルの舞台に立ち歌っていた。



その姿は、『ベイビー・ジェーン』とあだ名されるほど可愛らしく大人気。

金髪の巻き毛に大きなリボン、フリルがたくさんついたドレス姿で歌う様子は、皆を魅了した。


皆がジェーンを讃えてくれて、両親もなんでも言うことを聞いてくれる。

その人気は、ジェーンと等身大のそっくりな人形まで作られるほどだった。





だが、一人、面白くない人物がいた。

年の近いジェーンの姉、『ブランチ』である。



同じ子役でも、ブルーネットの髪をもつブランチには、誰も相手にせず、両親もジェーンばかりをチヤホヤしていた。


「この悔しさ死んでも忘れないわ!」


ブランチの子供時代は、世間から冷遇されて、ジェーンへの憎しみをたぎらせて、そんな風に過ぎていった。






1935年、時は過ぎ、ジェーンとブランチは、成人をすぎると映画界へと進んだ。


だが、ここで姉妹の立場は逆転した!



今度はブランチが、映画界で押しも押されぬトップスターとなったのだ。



逆にジェーンは、パッとしない端役を演じる日々。


だが、そんな姉妹を突然、悲劇が襲う。

自動車事故でブランチが、脊椎を痛め、下半身麻痺になってしまったのだ。


映画関係者の話では、泥酔したジェーンが運転していた為に、起こった事故なのではというが、……真相は分からずじまい。




――――  そうして、またまた時はかなり過ぎて、1960年代。




二人の姉妹も老境にさしかかり、車椅子に乗った『ブランチ』(ジョーン・クロフォード)、その世話を嫌々しながら過ごす『ジェーン』(ベティ・デイヴィス)は、閑散とした一軒家に、たった2人で暮らしていたのだった。



だが、次第に、酒に溺れ、昔の栄華を忘れられないジェーンは、少しずつ狂っていく。



ブランチに対しても、どんどん異常な行動がエスカレートしていき ………




監督は巨匠ロバート・アルドリッチ


そして、大女優ベティ・デイヴィスが起死回生、大復活した伝説の傑作である。


なんせ、このベティ・デイヴィスのお姿が、もの凄い!



これが、あの『イヴの総て』のベティ・デイヴィス?!



白塗りの化粧に、

真っ黒な濃いアイラインをひいて、

オバQのような口紅。



長い金髪を縦ロールにして、リボンをしたジェーンの姿は、まるで化け物か妖怪だろう。(失礼なんだけど……でも本人もそれを狙ってやってるんだから、「これぞ役者冥利につきる」ってところだろうか)



その老醜を晒した顔は、往年のフアンたちを驚かせ、一瞬で戦慄させたという。



こんな姿の『ジェーン』(ベティ・デイヴィス)が、車椅子の『ブランチ』(ジョーン・クロフォード)を、徹底的にいたぶり続けるのだから、また、もの凄いドキツイ話である。



ブランチの飼っている小鳥を殺して夕食に出したり、鼠を出したりと、やる事なす事えげつない。(ゲェー)



ジョーン・クロフォードが、追いつめられ恐怖する様も、またそれはそれで恐ろしいお顔なんだけど。(こっちも妖怪風。負けてない)




だが、この姉妹の愛憎劇には、最後に大ドンデン返しがあり、(ここでは語るまい)それまでの印象をガラリと変えてしまうのである。



この映画はヒットした。(何がうけるか分からないのがハリウッドの常)


ヒットして、アカデミー賞にまでノミネートされた。


そして、主演女優賞には、怪演が認められたベティ・デイヴィスがノミネートされる。




これに腹をたてたのが、相手役のジョーン・クロフォード。(あらあら、映画では気弱そうなのに。でも実際のジョーン・クロフォードの性格は、その真逆である)



クロフォードは、ベティに受賞させないように反対活動まではじめたのだという。



映画では、ベティに苛められる役だが、このエピソードだけでも、このジョーン・クロフォードの気位の高い性格の一端がみえてくる。




結局、受賞は逃したんだけどね。(この年は『奇跡の人』のアン・バンクラフトが受賞している)



監督のロバート・アルドリッチは、次回作の『ふるえて眠れ』も同じ、ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードで撮ろうと計画していた。



だが、撮影が始まっても、当のクロフォードが全く出てこない。



先の事(ベティ・デイヴィスがアカデミー賞にノミネートされた事)を彼女は根にもち続けて、ヘソを曲げていたのである。(大のオトナが …… )



果ては、

「ベティ・デイヴィスに嫌がらせをされ続けた!」

とか、なんとか言いだして入院(仮病?)。長期に撮影をすっぽかし続けたのだった。



困ったアルドリッチは、とうとう決断する。


それは配役変更。



ジョーン・クロフォードを降ろして、あの『不意打ち』のオリヴィア・デ・ハヴィランドを起用したのだ。(映画「不意打ち」はヒットしなかったが、ここでの熱演が認められた。おめでとう)



クロフォードは、これに、またもや憤慨して(キィーッ!)、大激怒したそうな。



「病院のラジオで交代を知った」とか「9時間も泣き続けた」とか、言ったとかどうとか ……


ベティ・デイヴィスとアルドリッチを生涯、逆恨みし続けたという。




ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードの生涯にわたる因縁。


もちろん、我の強さではベティ・デイヴィスもひけをとらないが、味方をするなら、私もアルドリッチ監督と同じように、ベティ・デイヴィス寄りかな。(撮影すっぽかしは、許せませんし)


「同じ女優なら、演技で勝負しなさいよ!」

なんて言ってのけるベティ・デイヴィスの声が聴こえてきそうである。


相撲なら、土俵に上がってこないクロフォードにグダグダ言ってのける権利なんて、はじめからないのだ。(撮影すっぽかしだし)



その後、ベティ・デイヴィスは、『ナイル殺人事件』や『八月の鯨』など晩年も亡くなるまで活躍し続けたが、ジョーン・クロフォードは、たいした作品にも恵まれず、どんどん衰退していく。



ジョーン・クロフォードは4回結婚して養子を5人もうけたが、養子の一人は戻され、養子の一人には、「虐待されて育てられた」という暴露本まで出版されてしまう。



ハリウッドという特殊な世界でも、やはり最後は性格の良さが、命運を決めるのだ!という事をこのエピソードは、教えてくれる。



演じる事に真摯で懸命な、ベティ・デイヴィスやオリヴィア・デ・ハヴィランドなどは、いくつもの色褪せない傑作を残した。



ジョーン・クロフォードには、この映画だけが色褪せず残された。(他にも色々出てるし、主演女優賞までとっているのだが、あまり現代ではパッとしないし、これ以外、全然聞いたこともない作品ばかり)



なんだか、この文章を書きながら、『Wの悲劇』の三田佳子のセリフが、頭の中にポン!と浮かんできた。


「女優!女優!女優!勝つか、負けるかよ!」(笑)



収拾がつかない結びでスミマセン。


星☆☆☆☆です。(この写真だけじゃ、本当に人の中身は分からないねぇ~、くわばら、くわばら ……… )

2018年10月19日金曜日

映画 「イヴの総て」

1950年 アメリカ。







演劇会最高の賞、『サラ・シドンス賞』の授与式の夜。(トニー賞みたいなものだろうか……)


トロフィーが、女優『イヴ・ハリントン』に渡される瞬間、劇作家のロイド・リチャーズの妻、カレン(セレステ・ホルム)は、初めてイヴに会った事を思い出していた。


8ヵ月前のあの夜のことを……。






大女優マーゴ・チャニングの舞台を見に来ていては、いつも劇場の外に立っている地味な娘、『イヴ』(アン・バクスター)。


(あの娘、また来てる……)


いつも見かける娘に、人のいいカレンは、思わず声をかけた。


「毎日来てるわね、マーゴのフアンなの?」

「はい!、だって憧れの存在ですもの。何度観ても、彼女の舞台は素敵ですわ」


(フフフッ、何て純粋で可愛いのかしら……)


目の前の娘の、ひたむきさ、真摯さは、自然にカレンの口からある言葉を引き出した。


「いいわ!決めたわ!その憧れの『マーゴ』に会わせてあげる!」


イヴはビックリした顔で、「本当ですか?、夢じゃないかしら」と素直に感動した。


その驚き方に、尚更、カレンは嬉しくなり、この娘イブを気に入ってしまった。






舞台が終わり、楽屋で『マーゴ』(ベティ・デイヴィス)は化粧をおとしている。


側では、口が悪いが旧知の中で長年の世話係『バーディ』(セルマ・リッター)が衣装をせっせと片付けていた。




「ちょっといいかしら?」



ノックとともに入ってきたカレンを、マーゴは嬉しそうに引き入れた。



しばらくは雑談しているカレンだったが、意を決めて切り出した。



「実は、あなたに会わせたいフアンがいるのよ、会ってもらえるかしら?」



マーゴは突然の申し出に戸惑ったが、他ならぬカレンの願いを無下に断るはずもなく、


「いいわよ、連れてらっしゃい」と寛大さをみせた。



そしてカレンが戸口の裏にいたイヴを引き入れると、イヴは目を輝かせて嬉しそうにした。


「まるで夢のようですわ、私、大フアンなんです!素晴らしい舞台!何度、同じ舞台を観てきた事でしょう!どれもこれも素晴らしくて!」


マーゴの目の前で、絶賛し、称賛するイヴ。


(まぁ、悪い気持ちじゃないわね……)


マーゴも照れ隠しの気持ちを抑えていても、自然に笑みを浮かべていた。






興味をもったマーゴは、イヴの恵まれなかった悲しい過去を聞くと、なおさら同情してしまった。

根っから人の良い姉御肌のマーゴ。




「決めたわ!明日から私の所にいらっしゃい!」


その場の思いつきで、付き人にする事にしたマーゴ。


これには、ビックリするイヴだったが、

「ありがとうございます、一生懸命頑張りますわ!」と、さらに嬉し顔。


それを側で聞いていたバーディは、ウンザリした顔で、奥にひっこんでいった。




それから、イヴは盲目的に、そして献身的に、マーゴにつくしていく。


最初は気が利いて気持ちのよかったマーゴなのだが、……………なんだか、だんだんと奇妙な居心地の悪さを、感じるようになってきた。




(でも、一生懸命やってくれているんだから……)


自分が決めたのだから取り消すわけにもいかず、何とか自分にそう言い聞かすマーゴ。



それでも………


「あなたイヴが嫌いよね?」なんて、バーディに聞いてみたりする。

「えぇ、嫌いですよ。何だか四六時中あなたの事ばかり考えていて、気持ちが悪いったらありゃしない!」

バーディは容赦ない。



(そう……あの娘が考えているのは、いつも私の為になる事ばかり………)




それからもイヴは気を利かせて、マーゴの恋人で舞台演出家のビルの誕生日にマーゴの知らない内に先回りして祝電を贈ったりもした。


戸惑うマーゴ……そして、段々とイライラしてくるマーゴ……。


イヴの行動に、説明など出来ない女の本能が何かを感じ取ったのだ。



そしてとうとうある日、舞台に穴をあけたマーゴの代役にイヴが代わりに舞台に立ち、大成功をおさめてしまった。


(どういうことなの?!)


いつの間にか、マーゴの台詞、歩き方、着こなし方すべてを完璧に暗記していたのだった。



この代役は、たちまちマスコミや劇評家たちに絶賛された。




新しい女優の誕生だと。



女優としてイヴは華やかなスタートをきったのだった。


そこには、もう清純そうなウブな小娘の姿はない。


ゆっくりと仮面を外せば、傲慢で邪悪に満ちた女の顔がソコにはあった。





そして、イヴの更なるターゲットはカレンの夫で劇作家のロイド。


(絶対にロイドに気に入られてみせるわ!)


イヴの野望は続いてゆく…………。








演劇会の内幕を描いた珍しい映画。



「『スター』になるためなら、どんな事でもしてやる!」なんて、ガツガツした鼻息の荒いイヴの物語である。


アン・バクスターは綺麗だが、勝ち気で下品そうなイヴを、よくやってるし、他の女性陣たちも印象的だ。




特にベティ・デイヴィスはさすが。


気をはっていて、いつもは姉御肌を装っていても、弱い本心を隠しているマーゴを上手く演じていて、感心してしまった。(アカデミー主演女優賞をもらってもいいくらいなのに、残念ながらノミネートだけに終わっている)




セルマ・リッターは、あいかわらずに名脇役でピリリとしたスパイスをきかせているし、セレステ・ホルムも上手いと思う。





こんな女性陣たちに比べて、男たちはダメダメ。





マーゴの恋人で演出家のビルや、カレンの夫で脚本家のロイドなんてのは、見た目だけに、コロリと騙される人間たちである。(ゆえに印象うすい。人を見る目がないのに演出家や脚本家なんて、チャンチャラおかしいものである)


そんな中でも、マシな男は劇評論家の『アディソン・ドゥーイット』(ジョージ・サンダース)。


イヴの嘘や色香に騙されたふりをして、さらに、その上をいく強者(つわもの)である。



後半、このアディソン・ドゥーイットが、それまでイヴがついてきた嘘を1枚1枚剥いでいき、精神的にコテンパンにしていく様子は観ていて痛快である。




「私を今までの男たちと同じように見てもらっちゃ困るよ、舐めるんじゃない!」


イヴが泣き真似をしても怒ってみせても、この男アディソンには通用しない。


マーゴやカレンたちに語って聞かせていた嘘の過去も興信所で徹底的に調べあげている。


それを聞かされて崩れ去るイヴ。

『全てはこの為にあったのだ!』と思わせてくれる、まさに爽快な瞬間なのだ。




この作品は、アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞を授賞した。



もちろん星☆☆☆☆☆。

1度は観るべき!超オススメである。