2020年3月17日火曜日

映画 「ナイル殺人事件」

1978年 イギリス。







「リネット、私、結婚したい人がいるのよ!」



旧知の親友『ジャクリーン』(ミア・ファロー)は、訪ねてくると藪から棒に切り出した。



(可哀想なジャクリーン……実家は破産して落ちぶれてしまって………)


いまや、アメリカ一の大富豪で、巨額の遺産相続人となった『リネット』(ロイス・チャイルズ)は、憐れみの表情で、「まぁ、おめでとう」と言うのが精一杯だった。




「でも彼も私も文無しなの。そこで彼を雇ってくれないかしら?お願いよ!」


(ジャクリーンの彼氏を雇う?………まぁ、それくらいは慈悲の心で手助けしてやってもいいかもね)





ジャクリーンは嬉々として、彼氏の『サイモン・ドイル』(サイモン・マッコーキンデール)を連れてきた。




スラリとした、それでいて逞しい体。

顔は二枚目の超ハンサム。



「これなら安心して任せられそうね」

リネットは、そう言いながらも心では、もう決断していた。



(ジャクリーン、この人は貴女には勿体ないわ。私が頂くわよ)と………。




美人で若くて大富豪のリネットに不可能はないのだ。

欲しいモノなら何だって手に入るんだから。



そうして、サイモンを略奪して数ヶ月後には、とうとう結婚までこぎつけたリネット。



「新婚旅行はどこがいい?」

いまや、リネットに骨抜きにされたサイモンが聞くと、リネットは答えた。



「もちろん、『エジプト』よ!」と。




ご存知、アガサ・クリスティーの名作の映画化である。



クリスティーの小説を、若い時に熱心に読んでいた自分には、今、この歳になってみて、やっと分かった事がある。


クリスティーが、いつまでも『愛される理由(わけ)』が………。



誰にだって、自然のように発している言葉や行動の裏には、ひた隠しに隠したい《理由》や《本音》があるのだ。



それは誰にも知られたくないデリケートな部分。



でも、人間ゆえ、何気に発した言葉や行動の端々に、それを垣間見せるようなモノが、時として、「ヒョイ!」と顔を出してしまう瞬間がある。



それは、まさにスリリング。


大抵の人は、それにも気づかずにやり過ごすだけなのだが、《 ある誰か 》にとっては、それは、時として、とんでもない化学反応を、起こす事もあるのだ。


そんなものを、クリスティーは上手くすくいあげて、小説にしてしまうのである。



だから、クリスティーの小説は繰り返し読んでも面白いし、いつまでも色褪せないのだ。





冒頭に書いた、リネット、ジャクリーン、サイモンも、それは、しかりで、複雑な《本音》や、その《理由》を抱えていて、まんま単純な人間たちじゃない。



そして、それは他の登場人物たちにしても。



エジプト旅行でやってきたリネットとサイモンが出会う人々も、また、それぞれが複雑な《本音》を隠している。



リネットの付き添いメイド、『ルイーズ』(ジェーン・バーキン)は、彼氏と結婚するのに高額な持参金目当で、高圧的なリネットに我慢する日々。

でも、心の中では「畜生!あの女~!」なのだ。(分かるよ、その気持ち)





弁護士でリネットの財産管理人の『ペニントン』(ジョージ・ケネディ)は、裏で勝手に、リネットの財産を私物化した事がバレやしないかとヒヤヒヤ。






富豪のワガママな老婦人『ヴァン・スカイラー』(ベティ・デイヴィス)は、自身の盗癖に悩まされているが、リネットが首にかけている真珠のネックレスを目の当たりにすると、ヨダレを垂らしそうなくらいだ。






そんなヴァン・スカイラー婦人に仕えている付き添いの『ヴァワーズ』(マギー・スミス)は、今の現状にイライラ。


「リネット………あの女の父親がうちを破産させたもんだから、私があんなクソババァ(ヴァン・スカイラー婦人)に顎でこき使われる日々なのよ。こんな惨めな暮らしも全部アイツらのせいなのよ!」



リネットを見つめる目は、憎悪にみち溢れている。






『ミセス・オッタボーン婦人』(アンジェラ・ランズベリー)は恋愛小説家だが、リネットに「低俗なエロ小説!」とけなされて、ヤケクソになり、毎日が酒浸り。


そんな母親が心配な娘『ロザリー』(オリビア・ハッセー)は、終始目が離せなくて、精神的に、もうクタクタだ。





「どれも、これも全てリネットのせい………」



誰もかれもが、様々な《理由》で、リネットを恨む《本音》を隠しているのだ。




そして、恋人サイモンを奪われたジャクリーンも ……… 。




クリスティーの小説には、無駄な脇役たちなんて一人も存在しない。




こんな気持ちを隠しながら演じられる楽しさは、たとえ脇役でも役者冥利に尽きるのだ。

だからこそ、有名俳優たちは、こぞって出演をO.K!するのである。




そんな一癖も二癖もあるような人物たちの《本音》を暴いてゆくのが名探偵『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)。



当時、ピーター・ユスチノフが大好きな淀川長治先生の身贔屓(みびいき)で、なぜか?ユスチノフのポアロ・シリーズは、繰り返し定期的に日曜洋画劇場で放送されていたものである。(淀川先生は太った男の人が好み)



たまにテレビをつけると、「ありゃ、また、やってるわ」ってな感じで観ていた記憶。

まぁ、あればあるで、のめり込んで観てしまうんだけどね。




壮大な景色が大パノラマで広がるエジプトのロケーション。

ピラミッド、スフィンクス、ナイル川 ………



映画を観るだけでも、その土地に行っているような観光気分も味わえるし。

特に、今のコロナ騒ぎで、どこにも行けない現状に辟易している人には、まさにうってつけ。



一時でも、人間ドラマと観光気分の両方を、満足させてくれるなら、これこそ、この機会に是非にと、オススメしたい1本なのであ~る。


星☆☆☆☆。