1945年 アメリカ。
時は1900年代初頭。
場所は、町外れの2階建てホテル。
1階では無声映画が上映されていて、集まった観客たちは、それを真剣な眼差しで観ていた。(なんせ娯楽に乏しい時代)
その中には、お金持ちのウォーレン夫人の館で女中として働いている『ヘレン』(ドロシー・マクガイア)の姿もある。
子供の頃、火事にあい両親を亡くして、そのショックで声をなくしてしまったヘレン…。
そんな彼女の唯一の娯楽が映画を観ることだった。
ちょうど同じ頃、そのホテルの2階では……
部屋の一室では足を引きずった女性が着替えをしている。
クローゼットを開けると中には幾つもの服が吊るしてある。
その奥で、異様に光る不気味な瞳……
1階の映画館に何かが倒れこむような「ドスン!」という鈍い音が響きわたった。
「何だ?何だ?!」
支配人が、すぐさま階段をかけ上がり、2階の部屋のドアを開けると、そこには………
しばらくして警察が来るとホテルは大騒ぎ。
「皆さん、もうけっこうです!帰ってください!!」人々もその声に、やっと散り散りになって帰って行く。
残った警察たちは、ため息。
「もうこれで3件目だ。《障害者》ばかりを狙った殺人……」
ヘレンも遠い道のりを、屋敷に向けて帰り出した。
そこへ馬車が通りかかる。
「ヘレン帰るんだろう?乗っていきなさい」
町の若い医者『バリー』だった。
馬車に揺られながら、バリーが手綱をさばく横でヘレンはソワソワと、なんだか落ち着かない様子。(バリー医師の事が好きなのがバレバレ)
バリーも、また、ヘレンの事を愛していたのだが、医者として彼女の病気のことを何とかしてやりたいと思っていた。
「諦めるのは早いよ。 今は医学が進歩しているんだ! ボストンの町に行けば、きっと良い病院が見つかるはずだよ。」
バリーは、熱心にヘレンを励ましてくれるのだが、当のヘレンは、どこか諦め顔である。
しばらく馬車が進むと、通りに男の子が一人飛び出してきた。
「バリー先生、父さんの具合が悪いんだ!お願いだから来てくれよ!」
バリーは馬車を止めて「仕方がない」と言うと、ヘレンが馬車から降りて、男の子を代わりに乗せた。
「後で屋敷に行くよ」そう言うとバリー医師は去っていった。
館までの帰り道を再び一人歩きだしたヘレン……
空は薄暗く、何だか雲行きがおかしくなってきた様相だ。
そして、いきなり強い勢いで雨が降りだした。
ずぶ濡れで館に入ると、女中の一人がタオルを渡しながら、「急いで奥さまのところへ行ってちょうだい」と言う。
外は瞬く間に嵐になって、雷鳴が鳴り響いている。
そんな二人の耳にガタン!という物音が聞こえた。
行ってみると裏窓が開いていて風が木戸を揺らしている。
「変ねぇ~、ちゃんと戸締まりしたはずなのに……」
この広い館には、年老いたウォーレン夫人と、女中以外にも様々な人々が住んでいた。
ほぼ寝たきりで始終具合の悪いウォーレン夫人の為の、付き添い『看護師』。
ウォーレン夫人の息子で長男の『ウォーレン教授』。
その秘書で美人の『ブランチ』。
そして、パリから帰省してきたばかりの次男『スティーヴン』。
ヘレンは大広間にでると、2階へと続く螺旋階段を登って、ウォーレン夫人の部屋に上がっていった。
2階の廊下には、中年の女看護師がドアの前で、椅子に鎮座してプンプン怒っている。
ウォーレン夫人に「お前は下がっておいで!」と邪険に追い払われたばかりなのだ。
ヘレンは部屋に入っていく。
そうして、後からこっそり看護師も………
案の定、『ウォーレン夫人』(エセル・バリモア)の怒声が響きわたる。
「出てお行き!!廊下にいるのがあんたの役目だよ!」
看護師は、またもやプンプン。
頭から湯気が出るような怒りの表情で、即座に出ていった。
ベッドに横になっている夫人が、ヘレンを見る目は優しい。
素直で気立ての良いヘレンを気に入っているのだ。
そんな、ヘレンを側に引き寄せると、夫人は途端に厳しい顔つきになった。
そして、いきなりこう切り出したのだ。
「お前は今夜、この館を出ていきなさい!いいね?私の言うことを聞くんだよ!、私にはわかるのさ。今夜、きっとここで恐ろしい事が起こることを……」
突然言われた、まるで訳のわからない命令……
だが、夫人の眼差しは真剣そのものだ。
障害者ばかりを殺害する事件は、夫人の耳にまで入っている。
病人の自分よりも、ヘレンの身を案じて誰よりも心配してくれているのだ。
それに、ヘレンは、素直にコクン!と頷いた。
外では、雨風がどんどん激しさを増していく………
昔、真冬の深夜に、この映画がたまたま放送されていた。
何の気なしに見始めると、ドンドン、この雰囲気に引き込まれていって、いつの間にか最後まで固唾をのんで観ておりました。
モノクロの不気味な館ミステリーなんて、条件バッチリですもん。
白黒のハッキリ浮かび上がった陰影、らせん階段に長く伸びる影など………
話は大した事なくても、この映画は、その雰囲気やインパクトのある絵面で、自分には強い印象を与えたし、たちまち虜にしてしまったのでした。
そして、今観ても、その雰囲気を充分に感じさせてくれる。
それに、モノクロ映画には独特の、オドロオドロしい恐さがあるのだ。
監督は、ロバート・シオドマク。
この時代に、数々のミステリー映画を残したお方で『幻の女』や『暗い鏡』なんて映画も撮っている。
主演のドロシー・マクガイアは、グレゴリー・ペックの『紳士協定』にも出ていたっけ。
決して美人さんじゃないのだが、日本の女優でいえば、若い頃の薬師丸ひろ子に少し似てるかな?
口が利けないけど人柄だけは良い、好感の持てるヘレンを上手く演じている。(だんだん可愛く見えてくるから不思議だ)
ふっと1人きりになると、愛するバリー医師との結婚を夢見てしまうヘレン……
ヘレンの妄想は、やがて結婚式にまでドンドン進んでいき、誓いの場面となる。(あらあら、想像力豊かな娘 (笑) )
でも目の前の神父に、
「さぁ、ヘレン!誓いの言葉を!」
と、言うように迫られるも、全く声が出せないヘレンは途端にオロオロして狼狽する。
そうして、「ハッ!」と現実に引き戻される。(「所詮、自分には叶わぬ夢か……」と)
だが、こんな乙女チックな妄想もここまで。
現実は、そこまで恐ろしい《殺意》が迫っているのだ!
館では邪悪な殺人者が、すぐそばにいて、ずっとヘレンを殺す機会を「今か、今か!」と伺っているのである。
やがて、ヘレンの代わりに殺されてしまう館の住人。
恐怖して、助けを呼びたくても叫べないヘレン。
自分の不遇を呪うヘレン。
でも、「今の自分に出来ることをしなければ!」と、身ぶり手振りで館中を駆けずり回るヘレンに、いつしか観ている方も「ガンバレ!」と応援したくなってしまう。
深夜、真っ暗闇の中で布団にもぐりこんで、モノクロ映画の鑑賞もなかなかオツなものですよ。
オススメしときますね。
星☆☆☆☆☆。
※でも、病人には螺旋階段を上がった2階の部屋よりも、1階の方が良い気がするのだけどね (笑)。(余計なお世話)