陽光さす森の中を、うっすらと霧が漂い、白く照らす。
鹿たちは、森の中を自由に跳ね回っているが、時折、立ち止まっては、何かの声に耳を傾けているようだ。
その森の中に寄宿学校があった。
小さい小学生くらいの子から~上は18歳まで。
授業も一日2~3時間(羨ましい)。
大人は、おだやかで呑気な教授と云われる先生や、人の良い世話係の老人がいるだけ。
学生たちを縛りつけるものはない、余りある時間を、時はゆっくり流れている。
最上級生の『マンフレート』は、2匹の犬を連れて森を散歩していた。
遠くには、不良のジャンと仲間たちが、湖のボート小屋へ走っていく様子が見えてくる。
どうも、対岸に見える霧に覆われた古城に探検に行くようだった。(不良と言うよりヤンチャなガキ大将と子分たちって感じか)
マンフレートが森を、ひとまわりして、学校に帰ってくると、玄関に車が止まり、一人の少年が降りてきた。
ドアからは、女の人の手が差し出されて、少年に別れを告げると、そのまま車は走り去っていく。
少年の名は『ヴィンセント』(ピエール・ヴァネック)、遠いアルゼンチンからやって来た転校生だった。
マンフレートが連れていた2匹の犬たちは、あっという間にヴィンセントになついてしまった。
最年少のフェリックス(7歳くらい)も初対面なのに、ヴィンセントを見てニコニコしている。
(不思議な雰囲気の少年だ……)
アルゼンチンの田舎では、何万頭の馬の群れに囲まれて暮らしていたというヴィンセント。
だが、父親が亡くなり、母親は彼をこの寄宿学校に預けるためにやってきたのだ。
ヴィンセントも知的なマンフレートを気に入ったようだった。
そして部屋も、「マンフレートと同室がいい」と言うのだが、あいにく別々。
ヴィンセントは、不良のジャンと同室となったのだった。
同室のジャンは、窓から双眼鏡で湖の奥にある古城を熱心に見ていた。
部屋で荷物の荷ほどきをするヴィンセントを、ジャンは怪訝に見ていたが、アルゼンチンでの暮らしを聞くうちに、俄然興味が湧いてきたようだ。
「よし!こいつを仲間に入れよう」仲間に相談したジャンは、ヴィンセントを連れて、明日、古城に行く約束をしたのだった。
そして、その夜、食事の時間に一人の女の子が、またもや寄宿学校に連れてこられた。
「私の親戚の娘さんでリーゼだ、仲良くするように」教授が紹介する。
リーゼ「………」(陰気な女の子の登場は男ばかりの寄宿生でさえ盛り上がらない)
食事の後、演奏会が始まった。
マンフレートがピアノを弾いた後、ヴィンセントが、手慣れた様子でギターを弾きながら、美しく響く声で歌いだした。
その姿に、あの陰気なリーゼはウットリして、一目惚れしたようだった。
次の日、ヴィンセントはジャンたちに誘われて、湖のボートに乗って古城を目指した。
誰も行ったことのないミステリアスな古城探検は、それだけで、皆をワクワクさせている。
ボートには、ヴィンセントのアイディアで鳥籠にいれた鳩をつんでいた。
「もし、古城に誰かがいれば鳩が騒ぐはずだ」
そして、夕刻間近……。
古城からボートで帰ってきたのはジャンと仲間たちだけだった。
ヴィンセントの姿はない。
やがて、夕食の時間にもヴィンセントは現れなかった。
心配するマンフレート……。
(どうしたんだ?何があったんだ、ヴィンセント?………)
そして、夜半、森に包まれた寄宿学校を、大嵐が襲った。
雨が叩きつけるように降り、風が勢いよく木々を倒していく。
そこにずぶ濡れで、ヴィンセントが、やっと帰ってきたのだった。
だが、次の日からヴィンセントの様子がどうもおかしい。
女物のレースのハンカチを握りしめては、ボーッとした表情を浮かべている。
そんなヴィンセントを、からかうジャンたち。
ジャンたちが行ってしまうとマンフレートはヴィンセントを問いただした。
「いったいどうしたんだ?昨日なにがあったんだ?」
「僕は会ったんだ!、確かにいたんだ……マリアンヌ、マリアンヌに!」
やっと観ることが叶った、『わが青春のマリアンヌ』である。
監督は、ジュリアン・デュヴィヴィエ。
デュヴィヴィエの作品は、大昔に『自殺への契約書』を観たことがある。(VHS時代に)
戦前から、次々と入ってきたデュヴィヴィエ作品は、当時の日本人を熱狂させた。
情緒的、詩的……そんなモノを映画から感じさせてくれたという。(もう大絶賛である)
デュヴィヴィエ作品の中でも、この『マリアンヌ』は、特に別格扱い。
折に触れて噂は聞いていても、幻といわれるほど、長い間観ることが叶わなかった映画なのだ。
そんな、『マリアンヌ』を愛してやまない代表格が、漫画家の松本零士氏。(あちこちで、熱く語っているのを見た事があります)
『マリアンヌ』を観た後では、確実に『銀河鉄道999』は、その影響を受けているのは、丸わかりである。
そして、他の様々なクリエーターやアーティストたちにも、その影響の波紋は広がっている。
アルフィーの名曲『メリーアン』さえもが、この『わが青春のマリアンヌ』の事を歌っているのだ。
♪夜露に濡れる 森を抜けて
♪白いバルコニー あなたをみた
♪すがるような瞳と 風に揺れる長い髪
♪ときめく出逢いに胸は 張り裂けそう
♪メリーアン メリーアン メリーアン
♪won't you stay for me
これは、ヴィンセントが恋したマリアンヌを歌った曲なのである。
こんな情報を事前に知ってしまうと、この『わが青春のマリアンヌ』、期待値も上がるのは当然。
珍しくワクワクしながら、観賞したのでした。
そうして、初めて観たマリアンヌ役のマリアンヌ・ホルト。
噂どおり、神秘的で綺麗な人でした。
まるで、この世の人じゃないような雰囲気に包まれている。(勿論、デュヴィヴィエ監督の演出なんだろうけど)
この歳になって、デュヴィヴィエの映画を観てみると、若い時に観た印象とでは、まるっきり違って見える。
画面の隅々までが、計算されたように美しく撮られていることに、あらためてビックリする。
森に射し込む光や動物たち、風に揺れる枝や草花……
それらは、まるで、動く絵画のように美しいのだ。
あれから何十年も経ち、やっと、この情感や表現を楽しむことができるくらいに、自分自身も、少しは成長できたのかな?
マリアンヌの美しさもだが、この作品自体にも、もちろん一目惚れしてしまった自分なのである。
それにしても、初恋は、やっぱり実らないモノなのかねぇ~。(初恋の人とゴールインなんて稀だし)
実らないからこそ、初恋は苦い味だけを残して、美しい思い出に変わっていくものなのか……(なんてね)
なんだか色々な事が頭をかけめぐる。
そんな風に、いつになく、ついつい真面目に語ってしまいたくなるような『マリアンヌ』なのでございました。
星☆☆☆☆☆。
※尚、この『わが青春マリアンヌ』には、マリアンヌ以外の配役を変えたドイツ版も存在するらしい。(日本では未発売だが)
いつか、発売されて観る機会があれば、フランス版と見比べてみるのも面白いと思います。