『たった一片のパンを盗んだために………』
その罪で投獄され、脱走を繰り返し、また、戻され………刑期を逐えた頃には、19年の歳月が経っていた。
1815年、46歳になったジャン・ヴァルジャン(ジャン・ギャバン)。
その顔は、世間に出てきても、長い囚人生活で、石のように、冷たく硬くなっていた。
『誰も信じられない……』
冷遇され続けた歳月が、男の顔を、すっかり変えていた。
行くあてもなく、歩き続けると、目線の先には、司教館が見えてきた。
「……司教様、一晩の宿をお願いします」
善意の塊のような、温情のある、ミリエル司教は、快く承諾した。
「さあ、お腹が空いているでしょう、おあがりなさい」
ジャン・ヴァルジャンの目の前には、暖かいスープが出された。
だが、こんな待遇をされながらも、ジャン・ヴァルジャンは、その夜、司教の銀の燭台を盗んでしまう。
逃亡するも、すぐに憲兵に捕まり、司教の前に連れて来られたジャン・ヴァルジャンに、司教は、
「これは私が、この人に差し上げたものです。」と一言。
憲兵たちはビックリし、ジャン・ヴァルジャンも驚いた。
司教は建物に入ると、もうひとつ、銀の燭台を手に持ち、すぐさま戻ってきた。
「これも差し上げましょう」そう言うと、ジャン・ヴァルジャンの手のひらに、それを置いたのだった。
アングリした顔の憲兵たち。
ジャン・ヴァルジャンを解放すると、憲兵たちは、キツネにつままれたような顔で、立ち去っていった。
「どうして………何故なんです?」
訳の分からないジャンに司教は、
そして、司教館を後にしたジャン・ヴァルジャン。
後ろを振り向くと、もう、司教館は遥か彼方。
道の切り株に腰を下ろし、司教から貰った銀の燭台を、じっと見つめながら、ジャン・ヴァルジャンは思っていた。
『あの司教の善意は本物だった……』
産まれて初めて、人の善意に触れたような気がした。
その時、ジャン・ヴァルジャンの中で何かが変わった。
『真人間になろう!』
それは、そう決意した男の顔だった。
もはや、この『レ・ミゼラブル』の物語を知らないという人は、いないんじゃないか……。
そのくらい、この原作は、世界中で読まれ、慕われてきた。
次々、映画化され、舞台やミュージカルにまでなっている。
忘れた頃には、何かしらのメディアで、この『レ・ミゼラブル』のタイトルを目にしたり、耳にしたりもしている。
日本人も、この『レ・ミゼラブル』が大好き。
『ああ、無情』のタイトルに変えて、古くは1910年からはじまり、何度も、何度も映画化されたり、ドラマ化されてきた。(アン・ルイスの歌は関係ないです)
そんな数多い『レ・ミゼラブル』の中で、ジャン・ヴァルジャンといえば、自分の中では、ジャン・ギャバンなのである。
子供の頃に観た印象が強くて、この一作だけで、ジャン・ギャバンの名前を覚えていたくらいだった。
今回、ブログの為に40年以上ぶりに観たのだが、ジャン・ギャバンの存在以外は、きれいサッパリ、全部忘れていて、改めて新鮮な気持ちで観ることができました。
数年後、模造宝石の事業で成功したジャン・ヴァルジャンは、名前を変えて『マドレーヌ』と名乗り、工場長になっていた。
その善人の人柄で、皆から慕われていたマドレーヌは、町の市長にまで上り詰める。
その町に赴任してくる警部のジャベール(ベルナール・ブリエ)。
冷徹な性格で、「法が全て」というこの男は、町中で、ある売春婦を逮捕した。
売春婦の名はフォンティーヌ(ダニエル・ドロルム)。
マドレーヌ(ジャン・ギャバン)が駆けつけると、フォンティーヌは、元は、マドレーヌの工場で働いていた女工だったと言うのだった。
幼い3歳の娘コゼットを、遠い町のテナルディエ一家に預けて、女ひとりで死にものくるいで働いたフォンティーヌ。
たがテナルディエへの送金は厳しく、生活は困窮していった。
「私は生活の為に髪も売ったわ!見てよ!歯も売ったのよ!、そして最後に売るものがないと言ったら、男たちは『お前の体があるだろう?』、そう言ったのよ!」
フォンティーヌの激しい訴えに、マドレーヌは心を押し潰されそうになった。
そんな事はお構いなしに、連行していこうとするジャベール。
「待ちなさい!その人を解放しなさい!」
「だが、この女は軽犯罪ですよ」冷酷なジャベールがいい放つ。
「今は私が『市長』で、警察は市長の監視下にあるはずだが!」マドレーヌが言うと、ジャベールは渋々、フォンティーヌを解放して出ていった。
「ありがとう、市長様」
「もう、大丈夫だ。娘さんのコゼットも必ず私が連れてこよう」
だが、マドレーヌは、この時、知らない。
マドレーヌ=ジャン・ヴァルジャンにも、すぐそこまで、正体がバレる危機が迫っていた事を…………。
1957年に公開されたこの映画は、当時としては破格の制作費を投じて作られた。
しかも186分の長さ。
でも、全然退屈しない。
最後までだれる事なく、とても面白かったと思います。
つい最近あげた『殺意の瞬間』で悪女カトリーヌを演じていたダニエル・ドロルムさんが、この映画でも名演技。
この、難しい『フォンティーヌ』役を演じていたとは……。
ヴィクトル・ユーゴーの原作に一番近いのが、この1957年版だという。
舞台やミュージカルもいいけど、原作としての『レ・ミゼラブル』に触れたいのなら、この映画は、絶対オススメである。
たまには、こういった文芸映画もいいものである、うん。(心が洗濯されて、すこやかになった感じ)
名優ジャン・ギャバンを久しぶりに堪能しました。
星☆☆☆☆☆。