2019年6月16日日曜日

映画 「絶壁の彼方に」

1950年 イギリス。







ボスニア・ヘルツェゴヴィナ』という国をご存じかな?


東ヨーロッパはバルカン半島の北に位置する国で、1992年にユーゴスラビアから独立。


三角形の形の国土が特徴的な小国である。




なぜ、冒頭に、いきなり、こんな話を始めたかというと、この映画に『ボスニア国』なる国が出てくる為である。




この『ボスニア・ヘルツェゴビナ』と『ボスニア国』、この2つは 一切関係ない



この映画が作られた時(1950年)には、もちろん、『ボスニア・ヘルツェゴビナ』という国も、まだ存在していない。



この映画の、

ボスニア国』、まったくの架空の国なのである。



その『ボスニア国』で、大勢のボスニア人たちが、喋り倒すボスニア語も、一から全て作り出した創作の言語というのだから、もう驚くしかない。


シドニー・ギリアット監督……恐ろしいほど、凝り性なのである。






『ボスニア国』では、大勢の群衆たちが大広場に集まり沸き立っていた。


海外からもリポーターが来ていて実況中継している。


独裁者として、今まで思うように権力を振るってきた『ニバ将軍』が、選挙演説しようとしているのだ。




バルコニーに、颯爽と姿を現したニバ将軍。

それを囲うように集まった群衆たちからは、大歓声が沸き上がった。(イヤな国だ)




一方同じ頃、イギリスでは、アメリカ人外科医『ジョン・マルロー』(ダグラス・フェアバンクス・Jr)が、1通の手紙を受け取っていた。




(いったい誰からだろう……)

心当たりのない手紙には、あのボスニア国『ニバ将軍』の切手が貼られている。




開封してみた手紙には、マルローの、これまでの業績を称えて、ボスニア国にて金杯授与を行いたいという申し出だった。



そして、マルローの手術法『内脈膨張症治療』を「大変素晴らしい!」と絶賛し、誉めちぎっていた。(「まぁ、悪い気はしないなぁ~」と少し照れ気味のマルロー)




しばらくすると、今度は、マルローの元に、ボスニア国の公使が、直々訪ねてきた。


「お願いします、マルロー博士。是非に我が国ボスニアで公開手術を行っていただきませんか?」


いきなりの提案に驚くマルローだったが、公使は「できたら1週間後にでも……」と、さらに熱心に急かしてくる。


とうとう根負けしたマルローは、『ボスニア国』を訪れる事にした。





そして、遠い異国の地ボスニアにて、手術の日。


マルローが手術をするのは、老人の患者だった。


政府関係者や大勢の人々に見守られ、メスを握るマルロー。

手術は無事に成功した。




でも何かがおかしい。


「おい!その患者の顔をめくってくれ!」

マルローの指示により、気が進まない看護師は患者の顔にかけられていた布をめくった。


そこに現れた顔は、老人とはまったく別の人間、あのニュースで騒がれている『ニバ将軍』の顔だったのだ。



「どういう事なんだ?!まるで話が違うじゃないか!!」

大声で叫ぶマルロー。




その時、誰かがマルローの頭をぶん殴った。

マルローは気絶して意識を失った……。





次に目を覚ましたマルローは部屋の一室で椅子に座らされていた。


後頭部を押さえながら、うっすら目を開くと、目の前には、この国で大臣も兼任している『ガルコン大佐』(ジャック・ホーキンス)が目の前にいた。


「お許しください。先生には将軍が完治するまで、この国にいていただきます」




メディアや大衆の前で演説をしていたのは、そっくりな《影武者》だったのだ!


本物ニバ将軍の容態はドンドンと悪化していき、まさに死の間際。


ニバ将軍に心酔していたガルコン大佐は(なんとかせねば …… )と考えだした。



国民には事実を隠しておいて、陰でこっそりと手術を行う。




この為に、マルローは呼び寄せられたのである。





ガルコンの口調は穏やかだったが、それは有無を言わせぬ命令のようにも聞こえた。



「冗談じゃない!すぐに帰らせてもらう!」

だが、マルローが部屋のドアを開くと、ドアの外では軍服を着た兵士たちが待ち構えている。



「お分かりでしょう、先生には当分ここに居ていただきます」


ガルコン大佐は、落ちついた口調で言うと部屋から出ていった。




万事休す!八方塞がり!


自分は独裁者の罠にハマり、監禁させられたのだ。



逃げ出す術すらもない。


マルローは諦めて、ニバ将軍の術後を見守る事にした。





数日が過ぎ、ニバ将軍の状態も安定している。


だが突然、ニバ将軍の状態が急変した。



「酸素マスクを早く!」

現場は騒然として、出来うる限りの処置にあたった。



だが、その甲斐もなく、ニバ将軍は、あっさりと亡くなってしまった。



別の合併症をおこしていたのである。



「こんな……この後、いったいどうすれば……」茫然としているガルコン大佐。

ニバ将軍に、身も心も心酔していたガルコンは、しばし脱け殻のように死体を見ていた。




そして、ハタッ、と気づいた。

マルローの姿がない!


マルローは皆が気をとられているうちに、

「この隙に……」とばかりに、とっくに逃げ出していたのだ。(スタコラ)



そして世話係のアンドレが運転する車に、一目散に乗り込むマルロー。


「すぐに車を出してくれ!!」

マルローを乗せた車は、屋敷の庭を全速力で出ていった。




それを、急いで追いかけるガルコン大佐。



車は、海の見える岸壁の急カーブを猛スピードで走り抜けていく。


「もっと早く!もっと急いで!!」

叫ぶマルロー。


(捕まったら自分は、まちがいなく処刑される……何としてもこの国を出なくては………)




こうして異国の地『ボスニア』で右往左往。


たった一人、孤立無援なマルローの逃亡劇が始まったのである…………






この映画も、シドニー・ギリアット監督の名作として、名前だけは知っていました。


今回、こうして観ることが可能になったわけだが………




ヤッパリ期待を裏切らないくらい面白かったです。(脚本から始めたギリアット監督だからこそ、筋立てがうまいのだ。)



マルローの逃亡も、車からバスに乗り換えて、床屋→劇場とあらゆる場面に移っていく。



やがて、味方として劇場のミュージック・ホールの歌い手『リザ』(グリニス・ジョンズ)を、自分の逃亡の道づれに巻き込んでしまうマルロー。



「お願いだ!同じ米国人として助けてくれ!!」

と、リザの控え室にひょっこり現れて、必死に頼みこむ。



「私は関係ないのよ、出ていってちょうだい!」とリザが言うのだが(当たり前だ)、それを、「まぁ、まぁ……」と強引に逃亡に引っ張っていく『マルロー』(ダグラス・フェアバンクス・jr.)の伊達男っぷりよ。



リザも、ハンサムなマルローにブツブツ言いながらも、ついつい、ほだされて付いていってしまう。



この二人の珍道中は、やがて、ロープウェイで山に登っていき、そこから国境越えの為の険しい断崖絶壁の山越えとなっていくのである。


二人は無事に脱出できるのか!





ダグラス・フェアバンクス・jr.』……父親のダグラス・フェアバンクスも俳優で、同じ名前。


今まで、どっちがどっちか、混同していたが、今回やっと判別できるようになりました。



中々、シャープな顔つきをしていて、jr.の方が、父親よりも超二枚目でハンサムさんである。



戦前から、活躍していたダグラス・フェアバンクス・jr.だったが、実質、この『絶壁の彼方に』が、どうも俳優としては最後の作品だったらしい。(この後は裏方として映画製作に関わっていく)



リザ役の女優グリニス・ジョンズは、どこか、映画『道』に出ていたジュリエッタ・マシーナに顔立ちが似ていて、美人というより可愛い系。(ちょっと声がアニメ声なのが残念)




映画は、まるで、数年後にヒッチコックが撮った『北北西に進路をとれ』を先取りしているようなくらい、全編にハラハラドキドキ感が満ち溢れている。




まだ、こんな映画が残っていたとは……



星は☆☆☆☆☆である。(面白いよ)


※そして、架空の国の設定も、この映画が先駆けだろう。



安易に、悪役として、ナチスやヒトラーを出せばいいと考えている、どこかの映画人たちは、このギリアット監督の創作力、見習ってもらいたいものである。