2019年6月26日水曜日

映画 「007 死ぬのは奴らだ」

1973年 イギリス。






困った……。


ロジャー・ムーアの007の事を書こうかと考えていたのだが、いったいどれを選べばよいのか……。





ロジャー・ムーアは全7作で007を演じている。(現在でも最多)


なぜか、ロジャー・ムーアの007には、自分のお気に入りの作品が多いのである。



世代的に、ほとんどタイムリーに観ていたせいもあるだろうが、007といえば、自分の中では、『ロジャー・ムーア』なのだ。(異論のある人は多いだろうな~、大方がショーン・コネリーだったり、若い人ならダニエル・クレイグだろうから……)





原作者のイアン・フレミングも最初からロジャー・ムーアの007を熱望していたらしい。


だが、それは叶わず、結局ショーン・コネリーが演じる事になってしまいヒットしてしまう。



当時、ロジャーが演じていた、テレビシリーズ『セイント天国野郎』や『ダンディー2華麗なる冒険』の兼ね合いもあったらしいが。



ショーン・コネリーの『ダイヤモンドは永遠に』が終わると、数年越しのオファーを受けて、ようやく念願のボンド役がまわってきたのだった。




そして第1作『死ぬのは奴らだ』は順調な滑り出しで成功する。





ポール・マッカートニー&ウイングスの主題歌は、今、聴いても斬新だし名曲!




ボンドガールの女占い師役、ジェーン・シーモアも超美しい。(まるで妖精のような艶のある髪、ヒラヒラとした長い白のロングドレス姿は、悪党に囚われたお姫様である)



それに、ロジャー・ムーア、やはり画面映えするほど、格好いいのだ。




青い瞳と金髪のジェームス・ボンド。


熊のように毛むくじゃらなショーン・コネリーとは、真逆の色男である(笑)。



そして、何と、ロジャー・ムーアの方がショーン・コネリーより実年齢が年上なのである。(どうみても、当時、鬘のショーン・コネリーの方がオッサンに見える)



人を喰ったようなイギリス人らしいユーモアや上品さは、ロジャー・ムーアが生まれもったものなのだろう。


非情さを売り物にしてきたショーン・コネリーのボンドとは違い、アクションやセリフを言っていても、どことなく余裕が伺える。




どんなに苦境にあっても、戦いはスマートに。


本人は「アクションは苦手だ」と公言していて大勢のスタントマンの力を借りたかもしれないが、このスタイル、私は好きだなぁ~。




悪党ドクター・カナンガの下で、タロットカードを使い、未来を予知する『ソリテア』(ジェーン・シーモア)は、占い中、たまたま恋人のカードを引いてしまい動揺する。



「自分が誰かと恋に堕ちてしまう……」


そして、それは、ソリテアの『力』の消滅を意味する。



でも、それをカナンガに知られてはいけない。


「どうしたんだ?」不審顔のカナンガが訊ねる。


「なんでもありませんわ」

知られれば、自分は抹殺されてしまう。






そんなソリテアの部屋に、夜半こっそり現れた『ジェームス・ボンド』(ロジャー・ムーア)。



ボンドがソリテアのカードを引くと、またもや現れ出る『恋人』のカード。




「二人が恋に堕ちる……これは逃れられない運命…」


ソリテアを抱き寄せて、そっと口づけすると、後ろにまわしたボンドの手からは、パラパラと大量の同じ『恋人』のカードが落とされたのだった……





ん~さすが、ジゴロ顔負けボンドの落としテクニック。


憎いねぇ~こんちくしょう!





やっぱり、どれかひとつとは選べそうにない。



ロジャー・ムーアの007に限り、順を追って、のんびりと書いていくことにしようか……。


第1作目「死ぬのは奴らだ」星☆☆☆☆。