1951年 アメリカ。
「失礼ですが、『ガイ・ヘインズ』さんじゃございませんか?」
ワシントンから乗った列車の中で、『ガイ』(ファーリー・グレンジャー)は、見知らぬ男に、突然声をかけられた。
「私、あなたの大フアンでしてね、この間の試合で準優勝したでしょう?、観てましたよ」
「あぁ、ありがとう」
(また、この手の輩か…)ウンザリしながらも、ガイは調子を合わせた。
テニスプレーヤーで有名なガイには、こんなのは、日常茶飯事の出来事なのだ。
ペラペラとしゃべりかけるこの男は、聞かれもしないのに自己紹介でブルーノと名乗ってきた。
「煙草を吸っても?えっと…ライターはどこだったかな?」
『ブルーノ』(ロバート・ウォーカー)は、自分のポケットを探しまわっている。(この時代は、どこでも喫煙自由である)
「どうぞ」ガイは、自分のライターを差し出した。
(煙草でもくわえておけば、少しは静かになるだろう……)
だが、ガイの思惑は、見事に外れる。
お喋り好きの、この男の口を塞ぐ事は到底無理だった。
ガイに渡されたライターを見ると、今度は、それについて、立て板に水のごとく喋りだしたのだ。
「このライター、《A to G》って掘ってますね! 分かりますよ、この《A》は、『アン・モートン』の《A》だ! モートン上院議員の娘さんからの贈り物でしょう?!」
ブルーノは、嬉々として話している。
いらつくガイに、ブルーノはお構い無し。
有名人のゴシップ記事に精通しているブルーノは、何もかもを知っていた。
有名テニスプレーヤーのガイが、アン・モートンと付き合い、結婚したがっている事も。
だが、ガイは現在、別の女性『ミリアム』とすでに結婚していて、アン・モートンと結婚したくてもできない。
そして、現在の妻ミリアムが、身持ちが悪く、別の男性たちと、浮き名を流しまくっている事などなども……。
そんなブルーノに、とうとうブチ切れるガイ。
「君になんの関係があるんだ!!」
よどみなく話すブルーノに、痛いところをつかれたガイも、もう怒らずにはいられない。
「まあ、そう、怒りなさんな。、ひとつ私に提案があるんですよ」なだめるようにブルーノは言うと、次に自分の父親の話をし始めた。
嫌な父親で年中殺してやりたいぐらい、だと思っていると。
そして、ブルーノが次に言ったのは、とんでもない提案だった。
「どうです?あなたと私で、お互いに憎い相手を、取りかえて殺しませんか?《交換殺人》ですよ」
「何を言ってるんだ?!君は!!」ガイは、驚き、声をあげた。
「お互いに知り合いでもないし、行きずりの関係で、絶対に捕まる事もない!動機なき殺人をするんですよ!素晴らしいアイディアじゃないですか?!」
平然とブルーノは、話している。
「これ以上、こんな馬鹿な話には付き合っていられない!失礼する!」
列車が駅に、ちょうど着くと、ガイは、ブルーノに目もくれず降りていった。
ブルーノに渡した《A to G》のライターの事も忘れて……。
しばらくすると、ブルーノは、それを自分のポケットに、コッソリとしまいこんだ。
そして、その顔には、なにかを思いついたような不気味な笑みが浮かんでいるのだった………。
原作は、アラン・ドロンで有名な『太陽がいっぱい』のパトリシア・ハイスミス。
それを『長いお別れ』で有名な小説家、レイモンド・チャンドラーが脚本を担当した。
だが、チャンドラー曰く、
「こんな馬鹿げた話が映画になるはずがない!」
と散々こきおろして、途中で降板したらしいが…一応は脚本家として名前が残っている。
そして、それをヒッチコックが監督すると映画は、とたんに傑作になってしまうのだから、アラ不思議だ。
ガイの愛するアン・モートンは、黒髪の美人さんで、気立てのいい性格。
一方、ガイの本妻のミリアムは、分厚いレンズの眼鏡をかけていて、見た目も悪けりゃ根性も腐っている、とことんイヤ~な女である。(本当に、よりによって何で、こんな女と結婚したんだろうね?)
ブスなのに(失礼!)他の男と浮気して、妊娠までしてしまう。
それでも、あくまでも強気のミリアムは、ガイとの離婚に応じる気もサラサラない。(どこからくるのか、この自信は?!)
おまけに、妊娠して身重なのに二人の男と遊園地に遊びに行ったりもする。(ブスなのに、なんでこんなにモテモテなの?)
そんなミリアムの後を着けてきたのが、先程の、あのブルーノである。
まんまと殺されてしまうミリアム。
でも、そんな殺人現場の遊園地に、あの《A to G》のライターを、うっかり落としてしまう。
そうして、
「俺は、君の足枷になってる奥さんを殺してやったんだ。今度は君が私の願いを叶える番だ!」とガイにつめよる勝手なブルーノなのである。
こんな一方的に行われた殺人に、ガイにしたら「ハァ?」てなもの。(当たり前だ)
まともな人間が「はい、そうですか」と応えるはずもなく、ガイの返事は当然まともに「NO!」である。
「君は狂ってる!!」
「なんだとー!!」
交換殺人に応じないガイに、ブルーノは逆恨みして、とうとう逆ギレ。
そうして怒りを募らせていくと、今度はガイに自分が犯した殺人の汚名をきせようと考えはじめる。
「そうだ!あのライターだ!あのライターを使って、逆に奴をハメてやる!」
そんな邪悪な考えにとりつかれて、再び遊園地に現れて、無くしたライターをノコノコ探し回るブルーノなのだった。(ご苦労様です)
一方、そんなブルーノの邪悪な行動を一刻も阻止したいガイ。
だが、あいにく、その日は大事なテニスの試合の真っ最中だった。
「この試合を、さっさと終わらせなくては……」
サーブ、レシーブ、華麗なスマッシュを決めながらも、心穏やかでないガイのプレイも、少々乱れがち。
果たして、ガイは間に合うのか………
この映画も、ヒッチコックの初期の傑作のひとつといえるだろう。
でも、本当にレイモンド・チャンドラーが言うように、文章にしてみると「何だ?こりゃ?!」っていうような、ヘンテコリンなお話なのである。
それでも、映像でみると、何の違和感も感じないのだから、これが名監督の職人技なのだろう、と改めて感心してしまう。
列車に限らず、バスでも、見知らぬ乗客には、充分に気をつけてほしい。
ボ~ッとしてる貴方の隣、ブルーノのような男がいないとも限らないのだから……
星☆☆☆☆☆。
それにしても、映画の中とはいえ、ファーリー・グレンジャーのテニスの腕前は中々。
こんなにたっぷりテニスをしている映画も珍しいもので、見応えありですぞ。(カッコイイ~!)