ヒッチコックがイギリスから渡米後、初めてアメリカで撮った映画。
原作は、ダフニ・デュ・モーリエ。
イギリス時代にデュ・モーリエの作品、埋もれた青春(映画名では『巌窟の野獣』)を撮っていたが、失敗している。
ハリウッドの名プロデューサー、セルズニックは既に、前年に大作『風と共に去りぬ』で大成功をおさめていた。
そのセルズニックに呼ばれ、あれこれ口出しされながら、耐え忍び、相当なプレッシャーを与えられていたはず。
「絶対に成功させて、いつか必ず、誰にも口出しされずに、自由に映画を撮ってやるんだ!」
そんなヒッチコックの意気込みが感じられる映画であります。
主人公【わたし】はモンテカルロに来ていた。(※主人公に名前はない。原作者は映画化に向けて『ダフネ』とつけたかったらしいが、セルズニックが却下した。演じるのはジョーン・フォンティン)
両親は既に亡くなり、身寄りのない【わたし】は、生計をたてるために、裕福なイーデス・ホッパー夫人の話し相手&身の回りの世話係として雇われていた。
このモンテカルロの旅行も、もちろん、ホッパー夫人の付き添いである。
そして、つかの間の休み時間…ホッパー夫人が昼寝の間、【わたし】は、泊まっているホテルのそばを散歩しに出かけたのだった。
ホテルは海のそばにあり、近くで波の音も聞こえてくる。
しばらく歩くと、崖の上に立っている男の姿が目に入ってきた。
男は真下の海をずっと見つめている。
そして、吸い込まれるように1歩を踏み出した。
「だめよ!」
【わたし】はいつの間にか叫んでいた。
その声に男もハッ!として我に返ったようだった。
「何をしてるんだ?、」男が逆に【わたし】に問いかけてきた。
「あの、散歩を……」
「じゃ、その散歩とやらを続けたまえ!」
【わたし】は一目散にホテルへ向けて駆け出した。後ろに男の視線を感じながら…。
(何だったんだろう…あの思い詰めた表情は…)その出会いは、なぜか【わたし】に印象づけたのだった。
ホテルに帰りつくと、ホッパー夫人が、既に昼寝から起きていて、ホテルのロビーにいた。
そして、しばらくするとさっきの男がロビーに現れた。
「まぁ、あれはマキシム・ド・ウインターじゃないの?」ホッパー夫人が男を見て叫んだ。
『マキシム・ド・ウインター』 (ローレンス・オリヴィエ)……イギリスで一番の大富豪。広大な屋敷『マンダレイ』に住んでいる。1年前に妻のレベッカを亡くしたばかりで、ただいま独身である。
ホッパー夫人は、ハンサムなマキシムの登場に浮き足立つと、自ら声をかけて、自分たちのテーブルに座らせた。
そして、立て板に水のごとくホッパー夫人のお喋りは続いた。
だが、マキシムは、そんな話に興味がないのか……目の前の【わたし】をじっと見ている。
ホッパー夫人の横で【わたし】は、只、おどおどしているばかりだった。
しばらくして、マキシムが席を立ち行ってしまうと、意気揚々としたホッパー夫人が言い出した。
「彼を誰かが慰めてあげなければね。そうだわ! 私が手紙を書いて、フロント係に届けさせましょう! きっと私なら支えになれるはずよ!」
だが、マキシムが興味をもったのは【わたし】だった。
次の日テニスに誘われた。そして次の日も、次の日も……。
ホッパー夫人に隠れて逢瀬を、繰り返しながらも【わたし】の心は弾んでいた。
ホッパー夫人には、「またテニス?ウインブルドンにでも出るつもりなの?」と、散々嫌味を言われながらも、【わたし】は、いつしかマキシムを慕いはじめていたのだ。
(ずっとこんな日が続けばいいのに……)
だが、別れは突然やって来た。
いきなりホッパー夫人が、「ニューヨークに行くわよ!」と言い出したのだ。
カジノにも飽きて、マキシムからも音沙汰なし。この地に、とうとう見切りをつけたのだ。
「さあ、早く支度しなさい!」
【わたし】は動揺した。たぶんここを去れば2度とマキシムとも会えなくなってしまう。ならば別れの挨拶だけでもしたい。
【わたし】はホッパー夫人の隙をみて、マキシムの部屋を訪ねた。
オロオロしている【わたし】は事情をなんとか説明すると、マキシムは落ちついて切り出した。
「結婚しよう」と。
【わたし】は突然の提案にビックリした。マキシムはボーイに言い付けて、ホッパー夫人を自分の部屋に呼び寄せた。
浮かれて入ってきたホッパー夫人に、マキシムが説明すると、ホッパー夫人の顔つきが、みるみると変わりはじめ、醜悪なものになっていった。
マキシムが着替えのためにいなくなると、【わたし】とホッパー夫人が取り残された。
そして、嫌味が炸裂する。
「よくも裏切ってくれたわね! 泥棒猫のようにコソコソと。『ド・ウインター夫人』ですって?!あなたが?! マンダレイのような広い大邸宅を、貴女のような育ちの人間が仕切っていけるのかしらね」
なんと言われようと言いわけはできない。黙っている【わたし】に、ホッパー夫人は、
「まぁ、せいぜい頑張って頂戴ね、『ド・ウインターの奥様』!」と言いながら立ち去っていった。
マキシムと【わたし】は、そのままモンテカルロで挙式をあげた。
走る車の中で、マンダレイが近づくにつれて、【わたし】に緊張感が迫ってくる。
(ホッパー夫人の言った通りだ……わたしにマンダレイの女主人がつとまるだろうか……)
二人が乗る車を、近づけないように雨は、どしゃ降りの様相へと変わっていった。
ずぶ濡れになりながら、それでも到着した『マンダレイ』
玄関を抜けると何百人もの使用人たちが、出迎えてくれた。
「これは一体どういう事なんだ?こんな大袈裟な…」
マキシムが執事に尋ねると、
「全てはダンヴァースの指示でございます」と答えが返ってきた。
使用人の中から、一人の女性が、前に1歩進み出た。
ダンヴァース……前妻のレベッカと一緒にやって来た使用人。レベッカが亡くなった後も、このマンダレイに残り続け、全てを取り仕切っている。
背筋はピン!と伸びきり、キチンとした身なり。一点の曇りもない佇まい。
顔は氷のように冷たい表情をしている。
「あの、何も分からない事ばかりで迷惑をかけるでしょうが…よろしくお願いします」
この後は、ご想像のようにダンヴァースが、オドオドした【わたし】(ジョーン・フォンティン)をネチネチとイビリながら、前妻のレベッカの死の謎が解き明かされていくのだが………。
それにしても、ここまで書きながら思ったのだが、外国のゴシックロマンって、どう見ても、日本の嫁姑ドラマに似ている。
気の弱い主人公の女性を、中年女性たちが、ネチネチといびる様は、橋田壽賀子ドラマにソックリだ。
外国でも、こんな映画が、受けるのであれば、案外『渡る世間は鬼ばかり』も、女性たちに受け入れられるかもしれない。
またもや、妙な脱線をしたが、この『レベッカ』は成功した。
アカデミー作品賞まで受賞した。
ヒッチコック作品では唯一の受賞だが、「あれはセルズニックに与えられた賞だから」と後年、ヒッチコックは歯牙にもかけなかった。
それでもこの成功が、後に次々と発表される傑作たちの足掛かりになったのだ、と思えば感慨深い。
ジョーン・フォンティンも、それまで姉のオリヴィア・デ・ハヴィランドの影に隠れていたが、これで一挙にスターダムの階段をかけ上がる。
それにしても、このフォンティンのオドオドした演技は、ほとんど素に近い。
何しろヒッチコックの指示で、スタッフ全員に「冷たくしろ!」とのお達しがあったのだから。
それゆえ、ジョーン・フォンティンにとっては、映画も現実もつまはじきにされ、地獄だったと思えるのである。
星☆☆☆☆