1938年 イギリス。
ヨーロッパのパンドリカ(架空の国)は、雪山に囲まれた場所にある。
そこへ列車が入ってきたが、突然の雪崩で明日まで出発できなくなった。
近くのホテルには、一晩の宿を求めて、大勢の客が押し寄せてくる。
「部屋を一つ頼む!」
イギリス人の男2人組『チャータース』(ベイジル・ラドフォード)と『カルディコット』(ノーントン・ウェイン)は、フロントに掛け合うのだが、
「スミマセン、あいにくと、どこも満杯でして……」と言われて、やっと通されたのは狭いメイド部屋。(トホホ…)
そこへ、メイドが入ってきて、二人の前で知らぬ顔して、いきなり服を脱ぎ始めたのだから、二人はビックリしてドギマギ。
言葉の通じないメイドは着替えがすむと、アッケラカンと笑いながら出ていった。
残された二人は狭いベッドでポカ~ン。
一方、金持ちの女性『アイリス』(マーガレット・ロックウッド)は、最上級の広い部屋で、親友二人と優雅なひとときを過ごしている。
「アイリス、本当に結婚するの?」親友の一人が訊ねた。
「やりたいことは全てやりつくしたもの!後は結婚だけよ」アイリスはケロリとした様子で答えた。
若くて、美人で、金持ちのアイリス。
何不自由ない暮らしをしてきて、今は少々退屈ぎみ。
(これが独身最後の旅。イギリスに帰れば結婚して、また、ワクワクするような新しい生活が待っているわ)
金持ちのアイリスの結婚する理由なんてのは、こんなものである。(ちょっとワガママお嬢様過ぎるぞ (笑) )
友人たちが帰っていくと、広い部屋に一人きりになったアイリス。
「それにしても上の階がうるさいわね」
アイリスの真上、2階の部屋では音楽家の『ギルバート』(マイケル・レッドグレーヴ)が『農民の歌』なるものを大音量で演奏中。
食堂から帰ってきた老婦人『ミス・フロイ』(メイ・ウィッティ)は自分の部屋の窓際で、外で歌っている男の美声に聞き惚れていたが、ギルバートのドタバタするような民族舞踊の音に、イライラして、たまらずに廊下に出てきた。
そこへ、同じように出てきたアイリスと鉢合わせする。
「うるさいわね」
「ええ、ほんとうに」
ギルバートの騒音に意気投合した二人は、明日の列車で、一緒に落ち合う約束をした。
「わたしが追い出してやるわ!」アイリスはミス・フロイに、キッパリ言うと、自分の部屋から支配人を呼び出した。
「これで、2階の男をさっさと追い出して!」と財布の中から、大量の札束をとりだして見せびらかす。
目の色が変わった支配人は「おまかせを!」と言うと、素早く出ていった。
途端に音は鳴り止んだ。
(ホッ!これで静かになった。やっと眠れるわ)
安心して床に就いたアイリス。
だが、それも束の間、2階のギルバートが自分の荷物を持って、アイリスの部屋にズカズカと乗り込んできたのだ。
「ちょいとお邪魔するよ」
「何なの?あなた、今すぐ出ていって!!」
アイリスは驚いて叫ぶが、ギルバートは平然としていて、自分の荷物をほどきはじめた。
「部屋を追い出されたんで、一晩お世話になるよ」
「どういうつもりなの?」
「嫌なら君が廊下で寝てくれてもいいんだよ」
「大声で叫ぶわよ!」
「構わないさ、周りには君に誘われたって言うから」ギルバートはそう言うと、歌いながら、隣のバスルームに入っていった。
(こんな図々しい男、見たことない!)
頭にきたアイリスだったが、この男に、何を言っても通用しない。
観念してフロントに電話する。
「あの…支配人、気が変わったの。2階の部屋の人を戻してあげて………」
それを隣で聞いていたギルバートは直ぐ様、バスルームから出てきた。
それを隣で聞いていたギルバートは直ぐ様、バスルームから出てきた。
「あ~、ところで俺の荷物、上に運ばせといてくれよ!」ギルバートは調子よく言うと、そのまま手ぶらで出ていった。
「何て男なの!!もう、最低!!」悪態をつくアイリス。
パンドリカの最後の夜は、こんな風に過ぎていったのだった…………。
こんな風にノホホ~ンとした調子で始まる『バルカン超特急』。
サスペンスの巨匠ヒッチコックが、イギリス時代に撮りあげた、この映画は、序盤なんとも緩やかな空気が漂う。
架空の国《パンドリカ》から~《イギリス》へ帰る前の一夜、その出来事を面白おかしく、充分に時間をかけて描いている。
でも、この場面は、観ている我々に《どんな登場人物たちがいるのか》を、事前に分かりやすく教えてくれる、ヒッチ先生最大の配慮なのだ。
決して無駄なシーンなんかじゃない。
このお陰で、この後、狭い列車の中で、誰が誰なのかを、キチンと見分けやすくなるのだから。
この映画の原作はエセル・リナ・ホワイトの『貴婦人消失』。
そう、消える!のだ。
タイトルのように跡形もなく、走る列車の中で『ミス・フロイ』と名乗る婦人が。
次の日、アイリスは、ホテルを出る前に、頭に花瓶が落ちてきて(危ねぇ~)ミス・フロイに介抱されながら、何とかイギリス行きの列車に乗り込むのだが、しばらくすると(バッタリ)気を失ってしまう。
やっと目が覚めたときには、走る列車の中。
目の前には知らない乗客たちばかり。
「あの~ミス・フロイを知りませんか?年配の婦人なんですが……一緒にこの列車に乗ったんですが……」アイリスが訊ねるが、
「知りませんよ」
「あなたは、最初から一人でしたよ」
「夢でもみたんじゃない?」
「そんな人は、最初から、この列車には乗ってませんよ」
と言われる始末。
能面のような乗客たちの言葉に、アイリスは一人、パニックになる。
昨日、メイド部屋に押し込まれたイギリス人の二人組も、面倒なことに関わりたくないので、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
不倫旅行のアベックたちも同じだ。
車内を探しまわるアイリスは、
(自分は頭を打ったショックでどうにかなってしまったんだろうか?、本当にフロイは存在しないのかも………)
なんて思いながら、段々と疑心暗鬼に。
(自分は頭を打ったショックでどうにかなってしまったんだろうか?、本当にフロイは存在しないのかも………)
なんて思いながら、段々と疑心暗鬼に。
だが、そんな中でひとりだけ、アイリスの言葉に耳をかたむける人物がいた。
昨日の最悪な変わり者の男『ギルバート』である。
「『ミス・フロイ』なる人物は必ずいる!一緒に探そう!」とまで言ってくれたのだ。(昨日は、あれだけ感じが悪かったのに、よりによってこの男が!)
この後は、走る列車内でギルバートとアイリスは、ミス・フロイを、あちこち探し回りながら右往左往。(それでも、チョイチョイ《笑い》を入れ込んでいくヒッチコック監督は、サービス満点!)
やっと拉致されて隠されていた『ミス・フロイ』を救いだすも、車内に潜んでいた敵国の悪党たちとの対決、壮大なスパイ合戦へとなだれ込んでいく。(ゲゲッ!こんな話だったの!(゜〇゜;))
そうして列車はストップして、最後は、他の乗客たちを巻き込んでの、敵との激しい銃撃戦。(列車の窓ガラスは、流れ弾で「バリン!バリン!」割れて、もうメチャクチャ)
命がけで列車を再び走らせようと懸命になるギルバートとアイリス、その騒動に巻き込まれた乗客たち。
はたして、皆は無事に祖国イギリスへ帰れるのか……。
80年以上前の映画でも侮れない。
ハラハラさせて、ドキドキさせて、しかも笑いも散りばめられていて……
これは、極上のエンターテイメント映画であり、一級品の傑作なのだ。
自信を持ってオススメしておく。(超面白いよ)
星☆☆☆☆☆。
《補足》尚、イギリス人のおかしな二人組(ノーントン・ウェイン & ベイジル・ラドフォード)は同じような乗客の役で、キャロル・リード監督の『ミュンヘンへの夜行列車』にも出演しているらしい。
そして、アイリス役の女優マーガレット・ロックウッドも、その映画のヒロイン役で出ているという。(この人、大好きである♥)
監督はちがえど、『バルカン超特急』の姉妹編ともいえる『ミュンヘンへの夜行列車』。
そちらも機会があれば見比べてみるのも面白いかもしれない。