1959年 フランス。
『ミシェル』(マルタン・ラサール)は寂れた狭いアパートを寝床に、一人暮らしをしている地味な青年。
いまだ定職にもつかずに、ブラブラしている。
(だが、自分は普通の人間とは違うはず……きっと、何か特別な才能があるはずなんだ……)
こんな風に自身に思い込ませようとしても、現実は上手くいくわけもなく……勝手にお金が転がりこんでくるわけではない。(当たり前だ)
そんな折、なんとなく競馬場をうろつくミシェルの目の前に、肘にハンドバッグを提げた、ひとりの夫人の姿が見えた。
ハンドバッグの口からは、大量に束ねた札束が「こんにちは!」とばかりに覗いている。
ミシェルの目は、そのハンドバッグに釘つけになり、もう反らす事すら、できない。
そ~と、人混みに紛れて夫人に近づいていくミシェル。
(上手くやれるか?、それとも、やれないか?……)
少しの勇気が後押しして、ミシェルの細く長い指は、ハンドバッグに上手くすべりこみ、札束を掴んでみせた。
そして、それを自分の懐に、そっとしまいこむ。
(やったー!やったぞー!)
成功の嬉しさを表情にださないように、ミシェルは道端を歩き出した。
その後ろを二人の男たちが歩幅をつめながら近づいていく。
ミシェルは逮捕された。(あらら…)
だが、証拠不十分で釈放。
デスクに座る目の前の警部(ペルグリ)は、不信感を隠しながらも、渋々、ミシェルにその札束を返した。
(それ見たことか、何の証拠もないんだ……)
警察署を出たミシェルの足は、そのまま、いつしか近所に住んでいる母親のアパートに向かっていた。
螺旋階段を上がっていくと、ひとりの女性の姿が。
「あなた息子さん?私は下の階に住んでいるのよ」
そう言った娘『ジャンヌ』(マリカ・グリーン)は、一人でアパートにいる、病気で具合の悪いミシェルの母親が、何かと気がかりらしい。(こんな美人が!なんて親切なんだ!)
ちょくちょく様子を見に来ては、献身的に世話をしてくれているようだった。
「これを母に……」
先程、盗んだ金の札束を何枚か差し出すと、ミシェルは、ジャンヌの掌に押し付けて帰っていった。
自分のアパートに帰りつくと、初めてのスリ(掏摸)の成功に酔いしれるミシェル。
(多少のスリルはあっても、これは一部の人間だけが出来るような特権みたいなものだ……。)
ミシェルは、後ろめたい『スリの仕事』に、勝手に、変な講釈をつけて、それを自身に信じこませようとする。
危険な『スリ』の魔力………それに、どんどん深入りして、ハマっていくミシェルなのだった………。
やっと観たロベール・ブレッソン監督の『スリ』。
以前紹介した、『抵抗』に完全に《どハマリ》して、だいぶ遅れたものだが、この歳で、すっかりブレッソン信者になってしまった自分である。
『抵抗』ほどではないにしても、この『スリ』も中々、どうして見応えあり。
ミシェルが、『スリ』のテクニックをどんどん磨いて、上達していく様は、まるでスポ根のようである。
盗んだ財布を、折った新聞紙の間に隠したり。
盗む相手の上着の内ポケット隠してある財布を、指で挟んで、上着の中にストン!と落として、下で素早くキャッチするシーンなど、やってる事は『スリ』なんだけど、もはや芸術的というのか、感心して見てしまった。
でも、ヤッパリ、『スリ』は罰せられなければならないほど、許されない犯罪なのでございます。
母親は寝床に隠していたヘソクリを盗まれて、1度は警察に届けるも、「もしや……自分の息子が……」と思い、訴えを取り下げる。
そんな母親の気持ちを知る、心優しい警部は、ミシェルに遠回しに忠告するのだが、すっかり有頂天になって、天狗になっているミシェルは聞く耳なんてもたない。
親友も就職を進めるも、これまた聞く耳なし。
心優しいジャンヌまでも、ミシェルを心配しているのに。
本当に、このミシェルの周囲は良い人達ばかりじゃないか?
こんな恵まれた環境の中で、主役のミシェル本人だけがクズ野郎。(だけど、何でこいつが皆に好かれるの?)
そんなミシェルの犯罪を映画は、淡々と描いてみせる。
冷たく、突き放すように、憐れみさえ与えない、それを記録のようにして映すだけのカメラ。
これが、ロベール・ブレッソン流の演出。
でも、今回のこの『スリ』は、多少、自分の好みじゃないかもしれない。(特に主役のこいつ、マルタン・ラサールの顔が)
たった今、観たばかりの感想は、取り合えず、星☆☆☆とさせてもらいます。
※でも、この『スリ』の感想も、時間が経つと、またもや変化するかもしれない。
時が経つと、心におとされた小さな火種が、突然、くすぶりはじめ、膨れ上がり燃え上がり始める。
そんな体験をさせてくれるのが、ブレッソン映画なのだ。(既に、映画『抵抗』で体験済み)
その時は、ここに書き記した感想とは、真逆の、180度違う感想を書くやもしれないのでヨロシク。
お粗末でした!
お粗末でした!