1955年 フランス。
『わが青春のマリアンヌ』ですっかり、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の虜になった自分。
そして、この『殺意の瞬間』は、ジュリアン・デュヴィヴィエ晩年の傑作である。(本当に言いにくい名前だ、ジュリアン・デュヴィ……ぶっ………びっ………ヴィ………エ、って、注意しないと舌を噛みそう。)
大勢の人々が集まり、様々な食料が並び、売り買いされる市場。
そんな中の一画に、フランス料理店『シャトランの店』がある。
料理は、どれもこれも絶品であり、連日、店は大繁盛。
それに、料理長でオーナーでもある『アンドレ・シャトラン』(ジャン・ギャバン)の人柄も良く、それに惹かれて、皆が集まる店となっていた。
そこへ、突然、現れた一人の若い娘。
「料理長、若い女が来てます」
「何だ?!忙しいんだ!待たせとけ!」
「何の用だ?」シャトランが聞くと、女が自己紹介してきた。
「私は『カトリーヌ』、ガブリエルの娘です」
「そうか、それが何の用事だ」シャトランは、遠い昔、別れた妻ガブリエルの名前がでても、顔色ひとつ変えずに続けた。
「あの女は元気か?」
「母は亡くなりました」『カトリーヌ』(ダニエル・ドロルム)が沈んだ顔で言うと、シャトランの意気も少し沈んだようにみえた。
(別れた後、あの女が産んだ娘………どこの誰の子か知らないが……誰も身寄りがいないのか?)
そのガブリエルが死に、今までどんな暮らしをしてきたのだろうか……
二十歳だという、この美しい娘カトリーヌを見て、元来、人の良いシャトランのお節介心が、ムクムクと顔をもたげてきた。
「泊まるところはあるのか?仕事は?」
シャトランの問いかけに、首をふるカトリーヌ。
シャトランは仕事が終わると、自分のアパートに連れて行った。
アパートでは、ジュールという掃除婦のお婆さんが、何かと独り身のシャトランの世話をやいていて、つれてきた娘に興味津々だ。
「このクローゼットを使うといい、荷物は?」
「駅に預けています」
次の日に、シャトランの車で荷物を引き取りにいく二人。
「ありがとう、シャトランさん。本当にありがとう。感謝してます。」カトリーヌの精一杯の感謝に、シャトランも嬉しそうだ。
「仕事を急いで探します。何か事務の仕事でも……」
「なら、うちの店で働けばいい!」
「そんな……ご迷惑じゃ……」謙遜しながらも、カトリーヌの目が、キラリと光ったように見えた。
しばらくしてシャトランの店で、レジや事務の仕事をカトリーヌは任されていた。
そしてある日、大儲けした客が、札束を広げて、威勢よく豪快に食事をしている。
それを、ジッと伺い見つめるカトリーヌの目……。
その客が、何束もの札束を床に落とすと、カトリーヌが急いで近づいて拾いあげた。
「あぁ、ありがとう」中年の客に、ニッコリ微笑むカトリーヌ。
だが、落とした一束だけは拾い上げず、テーブル下のマットレスの中に滑り込ませる!
これが、悪女カトリーヌの本性なのだ。
(……でも、これは始まったばかりよ、きっと上手くやってみせるわ……)
毒々しい笑みをたたえながら、カトリーヌは仕事に戻ったのだった。
この映画、凄い面白かった。
フランソワ・トリュフォーが絶賛しているらしいが、なるほど納得の傑作である。
ジャン・ギャバンとジュリアン・デュヴィヴィエは、それまでも幾つもの映画で、タッグを組んでいるという。(この二人のタッグにハズレはないというくらい絶賛されている)
決して美男でもない、このジャン・ギャバンに皆が惹かれるのは、何故なんだろう?と思っていたが、これもまた、映画を観て納得してしまった。
台詞の聞き取りやすさや、間合い、それに画面に栄える顔。
独特な鼻をしている人だ。
大きくて、つぶれているような、でも高い、なんと表現していいか分からないような鼻。
このジャン・ギャバンに、高倉健など日本の俳優たちのフアンは多いと聞く。
なにか、親しみやすそうな雰囲気なんだよなぁ~自分も、映画を観てみて、いっぺんでフアンになってしまいました。
ジャン・ギャバンの魅力もだが、この映画、他の出演者たちも面白かった。
まぁ、一番は、この『カトリーヌ』(ダニエル・ドロルム)なのだが…。
それにしても、よくも、まぁ、次から次へと嘘をつきまくって心底憎たらしい女だこと。
やがて、別れた妻の娘の立場から、人の良いシャトランをまんまと、たぶらかして《結婚》まで持ち込むのだから。
シャトランなんて、若い女を連れている初老の客に相談したりもする。
「どうですか?娘ほどの女を連れて、付き合うって疲れませんか?」なんて、とんだ人生相談をするシャトラン。
「わしゃ、若いほどいいねぇ。君はわしより若いのに何を言っとるんだね。しっかりしたまえ!」
「はぁ…」なんて、会話もあったり。
それと、同時進行で、シャトランが可愛がっていて養子にしようとまで考えている医大の苦学生『ジェラール』(ジェラール・ブラン)まで、たらしこんでしまう。(このジェラール、苦学生なのにデカイ大型犬を飼っていて、シャトランのレストランにも連れてきたりするのだが………後々、まさか、この犬が大活躍するとはね………ゴニョ、ゴニョ、ゴニョ……)
そして、なんと!なんと!シャトランには、死んだと言っていた前妻のガブリエルが《生きているのだ!》
しかも麻薬浸けで、近くのアパートに匿っているではないか!
「今日はこれだけよ」と言って、店からチョロまかした金を与えるカトリーヌ。
「もっとよこしなよ!ケチだね」(なんて親子だ)
こんな悪女カトリーヌの本性に、女の勘が動いたのか? シャトランのアパートの世話係『ジュール婆さん』は、裏でシャトランの母親に、こっそり連絡していた。
シャトランの母親(ジェルメーヌ・ケルジャン)は、高齢なれど、まだまだ現役でしっかり者。
田舎で居酒屋をしていて、女の従業員たちを顎でこきつかうほどの、恐ろしい迫力の老婆なのだ。(まるで『ヤヌスの鏡』の『初井言榮』といえば想像しやすいと思う)
そして、対面したカトリーヌの邪悪を、いっぺんで見抜く眼力。(女の敵は女なのだ)
「恥知らずな!早くあんな小娘とは別れておしまい!」
だが、シャトランは母親の言葉には耳を貸そうとしない。
そんなシャトランだが、ある日、偶然、ガブリエルが生きている姿を目撃してしまう。
(そんな…なぜ、ガブリエルが生きているんだ?カトリーヌが言った話は全てデタラメなのか?、信じられない………)
問いただしたいシャトランだが、夜会にて料理を振る舞わなければならず、だが、カトリーヌを、このまま野放しには出来ない。
「頼む!、お袋、俺が帰ってくるまでカトリーヌを見張っておいてくれ!」
「あぁ、任せておきな!」とシャトラン母親は胸を叩いた。
母親の経営する居酒屋で、カトリーヌとシャトラン母親が向かい合わせに座っている。
それを怯える目で見つめる従業員の女たち。
不敵な笑みをたたえるカトリーヌに、「何さ?」とシャトラン母親が尋ねる。
「よく、うちの母親が言っていたわ」
「ガブリエルが何て言っていたんだい?」
「クソババァよ!!」
シャトランの母親が、若い妻カトリーヌを平手打ちする。(バチンッ!!)
すると、カトリーヌも拳を振り上げて応戦しはじめた。
すると、カトリーヌも拳を振り上げて応戦しはじめた。
若い女と老婆の殴りあい、ドツキ合い。
それはドンドンエスカレートしていき、従業員たちは、側で見ながらハラハラしている。
「この、ゲスな小娘め!!」
シャトランの母親は、そう言うと壁に立てかけていた《 最終兵器 》を持ち出した。
それはインディ・ジョーンズが使うような長いしなるような『鞭』。
それを振り上げると、
打つ!打つ!打つ!(バチン!バチン!バチンッ!)
容赦なく鞭を振り上げる老婆。
そこらじゅうを逃げまわりながら、のたうち回るカトリーヌ(なんちゅー恐ろしい婆さんじゃ~、ヒェー!である)
「もう止めてください、死んでしまいます!」
見かねた従業員にとめられるも婆さん、
「私がしつけ直してやる!!」
まるで、大映ドラマを観ているような、次から次へと起こる展開に、口あんぐり(笑)。(だって婆さんが鞭を振り回す映画なんて衝撃以外の何モノでもないんですもん。こんな映画初めて観たよ!)
『わが青春のマリアンヌ』にも度肝を抜くようなシーンは、幾つかあったが、この映画の比ではない。
こんな個性的な女性ばかりに囲まれていたなら、シャトランも女性不信になって、苦学生でも養子をとることを考えるのは、納得である。
映画は、この後も二転三転、怒濤の展開をむかえるのだが(そこから先は語るまい)
それにしても……いやぁ~この映画は、文句なしに面白いですよ。
ジュリアン・デュヴィヴィエの映画に、すっかり『どハマリ』してしまった私なのである。
ここ、最近で久しぶりの収穫だった気がする。
超オススメ!