1991年 イギリス。
1920年代のロンドン……
毎日降り注ぐ雨に、平凡な主婦『ロッティ・ウィルキンズ』は、イライラしていた。
最近じゃ、夫の『メラーシュ』ともギスギスして上手くいってないし……全て、この陰鬱な雨のせい?
そんな時、ある新聞に掲載されている広告がロッティの心を、たちまち捉えた。
「地中海に臨むイタリアの小さな城を四月いっぱい貸し出します。家具、使用人付きで……詳細につきましては、下記の住所へとご連絡くださいませ」
これ、これだー!!
これで暗いロンドンともオサラバできる!
ロッティは、早速、顔見知りの主婦友達『ローズ・アーバスノット』に話を持ちかけた。
ローズも、夫の『フレデリック』と最近上手くいっていない様子で、主婦二人は、すぐに意気投合する。
そんな二人は、城の持ち主である『ブリッグス』を訪ねた。
貸出し料は、1か月で60ポンド。
(高い!高いわ!……)
現実的な問題は、ロッティとローズに重くのし掛かり、もはや二人は諦め顔である。
だが、二人を気に入ったブリッグスは助け船をだして、
「どうでしょうか?他にも貸出し料を分担してくれるような、お仲間を探してみれば……」と逆に提案してくれた。
そうね!ナイス・アイデアだわ!
諦めかけていた夢に、ひとすじの光が見えた二人は、早速行動に移して、自分たち以外の二人を見つけ出した。
一人目は、社交界で輝く、美しい令嬢『ミス・キャロライン』(ポリー・ウォーカー)
「面白そうね。いいわ、行ってさしあげても」(令嬢なんで、やっぱ上から目線)
(男たちにチヤホヤされているのも、ちょうど飽きてきたところ……退屈しのぎになるかもしれないわ)
美人のキャロラインが参加するのは、こんな動機である。
もう一人は、貴族の未亡人である『ミセス・フィッシャー』(ジョーン・プロウライト)。
杖をついていて、厳めしい顔つきのフィッシャー夫人は、なんだか気位が高そうで、ロッティとローズも尻込みしそうな雰囲気を醸し出しているのだが……
「いいでしょう、私も参加しますよ」と、なんとか快諾してくれた。
こうして、集まった4人の女性たちは、イタリアへとやって来たのだった。
目の前に広がるのは、まるで楽園のような別世界。
青い空には、おだやかな陽光が射している。
色とりどりに咲き誇っている美しい花たち。
そんな花たちに囲まれて、荘厳にそびえ建つサルバトーレ城。
ロッティもローズも、今までの陰鬱な気持ちは、一瞬で吹き飛んでしまった。
「来てよかったー!」
晴れ晴れした気持ちで、少女の気分になって、二人は庭を、湖を、森の中を散策しはじめる。
そんな二人とは対称的に、キャロライン嬢は、あくまでもマイペース。
「少し退屈だけど、まぁいいわ。ゆっくりできるし…」とデッキ・チェアーで、まずはお昼寝。
ミセス・フィッシャーの場合は、来てはみたものの、この状況に簡単には馴染めてない感じである。
「この城で、一番良い部屋を!」と、頑固に要求して、それが簡単にとおると、その後には「自分は、どうしたらよいのやら……」不安な様子なのだ。
杖を片手に、ずっと部屋にとどまり続けている。
いきなり、こんな生活がはじまった4人。
毎日が、こんな風に、優雅で穏やかに過ぎていくのだが、やがて4人の女性たちの心は微妙に変化していき…………
事件らしい事件も起きないし、センセーショナルな出来事も一切起こらない。
この映画は、こんな感じで、終始、女性4人が、のんびり過ごしているだけの映画なのである。
で、こんな映画は、《ツマラナイ》と思う人も中にはいるだろうが、そうでもない。
美しい景色や城を映し出しながら、ゆっくりと流れていく時間。
そんな時を過ごしながらも、変化していく彼女らの気持ち。
それが、とても興味深いので、なぜか?退屈もしなければ、強く印象に残ってしまうのである。
最初に気持ちが変わったのは、ロッティ。
「自分だけが、こんな素晴らしいお城で過ごすなんて……私馬鹿だったわ!夫のメラーシュをこの城に呼びたいの!どうかしら?!」
フィッシャー夫人は、一瞬ドギマギするが、特に反対はしなかった。
キャロライン嬢は、「フフン…」って感じで、あくまでも余裕な表情である。
(ロッティの旦那さんが私を見て、私の魅力に抗えるかしら?……)
なんて考え中なのだ。(もう、どんだけ自分の美貌に自信があるのやら (笑) )
ロッティは、ローズにも「あなたも旦那さんを呼びなさいよ」と言うのだけど、ローズの顔は曇りがち。
(手紙なんか書いてもくるはずがないわ……絶対……)
やがて、数日が過ぎて、ロッティの夫メラーシュがやって来た。
(これがロッティの旦那さんか…また私にメロメロになってしまうかもね……男なんて、皆、そうなんだから……)
と、一人余裕の笑みをぶちかますキャロライン嬢。(ヤレヤレ (笑) )
だが、当てが外れて、夫のメラーシュは、妻ロッティの晴れやかな顔つきにビックリする。
「俺の奥さんはこんなに綺麗だったのかー!」
ってな具合で、ロッティの魅力を再確認する結果になったのだった。(「アレレ…」と気落ちしかけるキャロライン嬢だけど、「まぁ、中にはこんな変わり者の男もいるわよね」と直ぐに気持ちを立て直す)
次にやって来たのは、この城の持ち主であるブリッグス。
(この人が城の持ち主か……この男なんて、私の微笑みをみれば、一発でイチコロね)
なんて風に、やっぱり考えてしまうキャロライン嬢。
だが、またもやキャロライン嬢の当ては外れてしまい、ブリッグスは、夫がいるローズの方へ惹かれてしまう。
(こんな馬鹿な……なぜ?私が無視されるのよ?!)
段々とイライラしてくるキャロライン嬢。
最後に現れた男は、ローズの夫フレデリックだった。
来るはずがないと思っていた夫の出現にローズはビックリして、途端に嬉しそう。
夫フレデリックは、妻がキャロライン嬢と一緒に旅行していると手紙で知って、「自分の利益になる!」算段で駆けつけたのだが、目の前にいる妻を見て、一瞬で惚れ直した様子である。
キャロライン嬢への気持ちなんて、どこかへ吹き飛んでしまったフレデリック。
そうして、哀れキャロライン嬢。
トボトボと庭を一人散歩しながらも、すっかり女としての自信を失ったようである。
(私って、こんなに魅力がなかったの?……)
それまで男たちにチヤホヤされてきたキャロライン嬢は、トリプル・パンチにすっかり打ちのめされて、完全にノック・ダウンした様子である。(尖っていた鼻はへし折られたのだ。まぁ、良い薬だ)
そんな場所へ、夫のいるローズに横恋慕していたブリッグスも、ガックリして現れた。
何だかお互いにガックリしている二人は、自然に近づいて、どちらからともなく話し出した。
「ぼくは生まれつき弱視でね…ほとんど見えないんですよ。だから、最初に会った、ローズのように美しい気持ちの人に惹かれてしまった」
そうだったのか……人は人の気持ちにこそ惹かれるのだ。
ロッティやローズに比べて、自分は何て愚かでダメな人間なのか!
やっと、それに気づいたキャロライン嬢は涙する。
「私なんて、本当にダメだわ……」と自然に出てくる言葉。
「いや、そんな事はないさ」と慌てて慰めるブリッグス。
いつしか、二人の気持ちは寄り添っていき……
こんな感じで3組のカップルたちは、良い感じになると、フィッシャー夫人だけが、一人さみしそう。
そんなフィッシャー夫人を見かねたロッティは、皆の輪に入れてあげた。(フィッシャー夫人にも笑顔が戻ってきた。自分が幸せだと自然に人にも優しくなれるのだ)
こうして、幸せな時を過ごした一行は城を去っていく。
去り際に、フィッシャー夫人は要らなくなった杖を、城の庭に突き刺していった。(もう、杖無しでも元気に歩ける様子だ)
やがて、また時が経つと、その突き刺した杖は、地中に根をはりはじめ、芽がふきだし、綺麗な花を咲かせてゆく。
映画は、こんな風にして《THE END》をむかえるのである。
なんで、この映画を、今頃になって思い出したんだろう?(やっぱり自分自身が《癒し》を求めているのかな?疲れているのかな?)
観ている側も、心穏やかになれる、そんな摩訶不思議な映画なのである。
今回は、珍しく最後まで書いてしまいました。
それというのも、この映画、遠い昔にVHSとレーザー・ディスクになったのに、現在でもDVDやBlu-rayになっておりませんし、これから先、観れる機会もあるかどうかも分かりませんので。(これも我が記憶だけで書いております。多分、こんな話だったはず?と思います)
女優ポリー・ウォーカーとジョーン・プロウライト以外は、ほとんど知らない俳優さんたちばかりである。
デヴィッド・スーシェの『名探偵ポワロ』の一編、『エンドハウスの怪事件』に出演していたポリー・ウォーカーさん。
この映画は、ほぼ同時期のモノじゃなかったかな?
1920年代の髪形や服装が、妙にマッチしていて、本当に綺麗でした。(落ち込む彼女も、また素敵)
後年、ドラマ『ローマ Rome』では、大胆なシーンにドギマギさせられましたけどね。
フィッシャー夫人役のジョーン・プロウライトは、この作品以外は、あんまり見かけたことがないのだけど、この方は、あの!《ローレンス・オリヴィエの奥さま》だったお方である。
ローレンス・オリヴィエが最初に、『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーと結婚して、20年間に渡って、地獄のような結婚生活を送った事は有名な話だ。(以前も、このblogでも書きましたが、ヴィヴィアンの神経症はメチャクチャな行動を、次から次に引き起こしたのである)
1960年に、ようやっとヴィヴィアンと離婚できて(もうオリヴィエも精神的にボロボロ)、その後にオリヴィエが再婚したのが、このジョーン・プロウライトなのでした。
オリヴィエが亡くなるまで、ずっと添い遂げた彼女。
ヴィヴィアンと同じ女優でも、その性格は真逆であり、控えめだった彼女は、オリヴィエをたてて、陰ながら尽くしたという。
その甲斐あって、オリヴィエは《サー》の称号を、ジョーンは《デイム》の称号をイギリス政府から授かる。
オリヴィエも、晩年は、この良妻ジョーンと結婚できて、やっと心安らげる日々を送れたんじゃないのかな?(良かったね、オリヴィエ)
この映画が、いずれDVDか、Blu-rayになれば、この記事は書き直してしまうかもしれないが、まぁ、それまでは、「こんな癒される映画もあるんだよ」ってので、残しておきたいと思う。(メーカー様、頑張って!)
それにしても、こんなに長い文章を読んでくれる人いるのかな~
時期外れな『魅せられて四月』に、星☆☆☆☆。