《①の続き》
無関係の人を無差別に殺してまわって、平気そうに笑っている犯人。
こんなのがニュースで流れてきた日には、「許せん!」と思うのが人の常。
そして、そんな輩が裁判で死刑にもならずに、数年の服役になろうものなら、「何でこんなのが軽い刑なのか?!さっさと死刑にすればいいのに!!」と普通の人なら、必ずそう思うはず。
毎度、司法の甘さにウンザリして、他人事ながら、流れてくるニュースに怒りを抑えられない人もいるのでは?
大多数の人が、自分を含めてそう思っている事と思う。
こんなのは、今も昔も変わらない。
そんな時に、脳裏をよぎるのが、この『ダーティハリー』の犯人役『スコルピオ』。
残忍で、卑劣で、極悪なのをひと塊にしたようなのが、この『スコルピオ』なのだ。
『スコルピオ』を観る時、同情なんてひと欠片も持たないだろうし、これこそ生粋の《悪》。
そのくらいハリーのキャラクターと同等に『スコルピオ』の存在は、強烈なインパクトで世界中に認識されてしまったのだ。
無関係の人を狙撃して殺戮を繰り返すスコルピオ。
無能な市相手に金も要求したりする。
無能な市相手に金も要求したりする。
ハリーが何とか逮捕するも、警告や令状もなかったとして釈放、放免。(何でやねん!)
今度は、そんなハリーへの恨みから、ハリーをおとしめる為に、モグリの医者に頼みこんで、
「頼む!俺をボッコボコにしてくれ!!」と自分の顔面が変形するまで殴らせる。(ゾゾッ~)
そして、「ハリー・キャラハン刑事に暴行されたんだ!」と嘘の訴えまでするのだ。
普通そこまでするか?!
加害者をあくまでも守ろうとする法律……それを徹底的に利用して「フフフッ」とほくそ笑む『スコルピオ』。
そんな『スコルピオ』に観客たちは、血の気がひき、恐怖した。
それでも懲りない『スコルピオ』は、今度はスクールバス・ジャックをして、子供を人質にとる。(よ~やるよ。少しはおとなしくできないのかね)
だが、間一髪、そこをハリーにおさえられる。
最後は、見事ハリーの怒りの銃口が火をふいて、THE END。
映画は幕となるのである…………。
こんな形で大成功した『ダーティハリー』。
①でも書いたが、クリント・イーストウッドは飛躍をとげて、監督のドン・シーゲルもチャンスをつかむ。
だが、一人……その成功とは真逆に、ドン底に叩き込まれた人物がいた。
そう………『スコルピオ』を演じたアンドリュー・ロビンソンである。
「さっさと死んじまえぇー!この殺人鬼!!」
映画が公開されるや否や、自宅にはこんな電話がひっきりなしに、かかってきはじめた。
外に出れば、皆が隠れて妙な目で見ながら、コソコソ話。
オーディションにいけば、「スイマセン、今回は残念ながら……」と追い返される。(もう、散々である)
もちろん、役は役。
アンドリュー・ロビンソンは、まともな人間で、決して極悪人ではないのに、もはや映画の中だけの人物とは見られないほど、普通の人たちの理性をかき乱し、狂わせてしまったのだ。
そのくらい『スコルピオ』の役は、身近な恐怖の存在として成り立ってしまったのである。
これを「役者冥利につきる」なんて、考えに至るまでには、相当な歳月がかかったはずだ。(お気の毒なロビンソン)
なんだか、映画のヒットも良いことばかりではなさそうである。
それだけ、この映画が、強い印象をあたえたという証拠でもあるんだけどね。
スコルピオの影が濃ければ濃いほど、ハリーの活躍は、やはりカッコいいし、胸がすく気持ちになる。
こんな映画は滅多にお目にかかれないし、今後も映画史に刻まれるヒーロー、悪役として残っていくはず。
スコルピオの影が濃ければ濃いほど、ハリーの活躍は、やはりカッコいいし、胸がすく気持ちになる。
こんな映画は滅多にお目にかかれないし、今後も映画史に刻まれるヒーロー、悪役として残っていくはず。
長々と書いた『ダーティハリー』談でございました。(やっぱり、なんだかんだ言っても俳優イーストウッドが好きなのかもね、ワタクシ(笑))