1989年 12月30日。
1989年6月に美空ひばりが亡くなると、半年後の大晦日前には、このドラマが長時間枠をとって突然放映決定。(なんでも、生前にひばりサイドから許可をとっていたのだとか)
国民的歌手《美空ひばり》…… その波瀾に満ちた人生のドラマ化なんてのは特にタイムリーじゃなかった我々世代でも興味津々なところ。
当時、観た感想は、
(ここまでやっても大丈夫なのか?)って心配してしまうくらい、超エグい 内容でございました。
特にそう思ったのが、一卵性親子とまで言われていた、ひばりの母親『加藤喜美枝』の描き方。
この実在した人物を、あの樹木希林が演じるのだからエグくならないはずがない!
口元は実際の加藤喜美枝が少々出っ歯だったように、樹木希林もそれに合わせて常に歯が出ているように、何かしら詰め物でも入れてるような凝りよう。(よ~やるよ)
そうして、ひばりの父親で喜美枝の旦那さん『加藤増吉』役が森田健作。
この増吉がひと言でいうなら トンデモない性格 なのだ。
後に数々起こるひばり一家の悲劇は、この《増吉》が元凶だと言っていいくらいである。
「オマエはどうしてそんなに色黒なんだ!」
「このブサイク女が!」
貴美枝と夫婦で、慎ましく魚屋をやっているものの、増吉は言いたい放題で常に罵っている。
オマケに身重で今にも赤ん坊が産まれそうな貴美枝に、手をあげる!足をあげる!
もう、観ていて虫酸が走るくらい最低の男である。(かつての青春スター・森田健作がよくこんな役を引き受けたよ)
さらに 酒癖も悪くて、呑んで帰ってきては、またもや『貴美枝』(樹木希林)に手をあげる増吉。
「母ちゃん逃げてー!」
娘の『和枝(後のひばり)』が父親を押さえつけている間、貴美枝は逃げ出し、降り積もる雪の中、ガタガタ震えながら増吉が泥酔して寝静まるのを外で待っている。
「ブス」だの「色黒」だの散々言われたり、多少の暴力があっても、貴美枝には和枝を含めて4人の子供たちがいる。(?)
(多少気が荒くても、子供たちの為にも我慢しなくちゃ …… あの人が帰ってくるのはこの家だけなんだから …… )
こんな貴美枝の心の声が観ているこっち側には聞こえてきそうだ。(ああ哀れ)
やがて召集令状が増吉の元へ届くと、増吉は町の皆んなの声援と、娘・和枝が歌う♪《九段の母》に見送られて戦争へと行ってしまう。
貴美枝は4人の子供と空襲に怯えながら、増吉の生還を悶々と待つ日々。
そうして戦争が終り、増吉が帰還する報せが入ると、粗末ながらご馳走を作って待っている健気な貴美枝。
だが、待てど暮らせど増吉は帰ってはこない。
(まさか …… )
貴美枝の足は《ある場所》を目指して、迷いもなく一目散に走り出していた。
そこは水商売をしているような、ある女の家。
勝手知ったるように2階への階段を駆け上がっていく。
そこに増吉はいた!
傍らには女が寄り添い、そうして側には産まれたばかりの 赤ん坊 まで寝かされていて!!
貴美枝の姿を見ても、増吉は悪びれている風でもなく、全く言い訳すらしない。
それどころか、傍らの赤ん坊を抱くとあやしはじめたりした。
その瞬間、貴美枝の中の何かが、ガラガラと音をたてて崩れさっていく。
夫への情も何もかも …………
(こんな惨めな想いをするのは、もう嫌だ! 和枝をスターして、私はこんな想いからとっとと抜け出してやる!)
そう決心したのかどうか分からないが、次の日から貴美枝の虎視眈々とした壮大な計画が始まってゆく ……
このドラマ、タイトルこそは《美空ひばり物語》と、うたっていても、もうお分かりだろう。
これは、ほぼ、ひばりの母《加藤喜美枝》の物語なのだ。
この後はご存知のように、幼少の和枝を引き連れて、貴美枝はあちこちの慰問公演へと出向いていく。
それにともない、利発な和枝の才能はメキメキと頭角を表していくのだ。
こんな和枝の才能に惚れ込んだ敏腕マネージャー『福島通人(つうじん)』(夏八木勲)は、貴美枝に頼みこんで「是非、私にマネージメントさせてくれ!」と申し込んだりする。
その見返りとして、「最近じゃ、うちの人(森田健作)、私に触ろうともしないんだから …… 」とブツブツ言いながら、福島にヨヨヨっと迫ったりする貴美枝。
その後、貴美枝と福島が男女関係になったかどうかは、さすがに描いていないが、それでも、そんなモノを匂わすようなドギツいシーンである。(コンプライアンス的には「大丈夫なのか?」と観てるこっちがハラハラしてしまう)
やがて、当時のスター『川田晴久』(五木ひろし)から《美空ひばり》の名称を頂いた和枝は、そのままスター街道まっしぐら。
幼少期から少女『美空ひばり』(岸本加世子)へと成長していく。
岸本加世子がひばりを演じるのはドラマも1時間以上を過ぎてから。
その間、折に触れては、ひばりを演じるのに対しての抵抗や葛藤をノンフィクション形式ではさんでいる。
そりゃ、天下の《美空ひばり》を演じるなんて誰もが出来るわけじゃないし、本音は嫌だったろうよ。
それでも一生懸命演じている岸本加世子。
ただ難を言うなら、歌っているシーンで、ひばりの声の吹き替えはしょうがないにしても、この人《所作》がダメなのだ。
全神経を張りつめて、
「このフレーズでは目線の配り方を変えてみよう」とか、
「首をかしげながら微笑んでみようか」とか、一曲のうちに様々な表情をみせてくれるのが、実際の《美空ひばり》なのだ。
ただ「口パクで、フリを真似しとけばいいい」ってモノじゃない。
手を伸ばした指先にまでも、全神経を注いでいる、それが天下の《美空ひばり》の歌い方なのだから。(まぁ、フォローするなら岸本加世子もドラマ部分は良くやってるとは思うが)
岸本加世子の《ひばり》はギリギリ平均点か。
それよりも樹木希林の演じた《加藤喜美枝》にこそ感嘆したドラマである。
この後、ひばりがスターダムにのし上がると、あれだけ親身にマネージメントしてくれた『福島』(夏八木勲)を簡単にバッサリ切り捨てる非情な『貴美枝』(樹木希林)。
今や魚屋をやめて(スターの父親が魚屋なんて無理)豪邸暮らしの『増吉』(森田健作)は、ちっとも幸せそうじゃない。
成長した他の子供たちは、ひばりの稼ぎで充分すぎる小遣いを与えられて家にはいないし、ひばりと貴美枝は年中仕事で家にも帰ってこない。
豪邸で常に一人ぼっちの増吉。
そんな増吉が結核で倒れて亡くなっても、全く顔色さえ変えない貴美枝。
今まで増吉がやってきた事の自業自得とはいえ、貴美枝の非情さは一貫している。
「男なんかに頼らないし、媚(こび)もしない。期待もしない!」
「男は常に裏切る生き物なのだから!」
長年の苦労や経験がこんな貴美枝を形成したのだから、もはや達観の域なのだ。
こんな貴美枝は、ひばりが『小林ア●ラ』(陣内孝則)と結婚したいと言い出すと、もちろん大反対する。(そんな貴美枝の反対を押し切って結婚に踏み切っても、やっぱり即離婚)
母・貴美枝との《共依存》は断ち切れない。
案の定、貴美枝は「それ見たことか!」と腹で思いながらも本音は口にせず、
「アンタは芸事をするために生まれてきたのだから!」と、ひばりを叱咤激励していく。
恐ろしいねぇ~、怖いねぇ~
自分のエゴを押し通す為なら、どんな事でもしてしまいそうで。(ホラー映画の上をいくような怖さである)
でも、こんな女に誰がしてしまったのか?(増吉、お前のせいだろーがよ!(笑))
それを演じる樹木希林は、これまた恐ろしすぎる怪演。
なんにせよ、昭和が終わる前、こんなドラマがあった事は、貴重な歴史として記憶にとどめておくべきなのかもしれない。
星☆☆☆。
※尚、このドラマは、その後、上下巻VHSビデオとして発売された。(さすがにDVD化はされていない)
興味ある方はどうぞ!