1963年 アメリカ。
この映画のことを、どんな風に書けばよいのやら……
とにかく「大量の《鳥》たちが、突然人間を襲ってくる!」
ただ、それだけの話なのだから。
もちろん、主役は《鳥》じゃなくて《人間》であり、少しはドラマ的な部分もあるのだけど……この映画に関しては俳優や女優の演技力どうこうは若干弱い感じがする。
ゆえに、当時無名の新人だったティッピ・ヘドレンでも成り立つような話なんだけど。
それにしても、女優ティッピ・ヘドレンと監督ヒッチコックの確執は、ヒッチコックが亡くなって数十年経った今でも、メラメラと続いているのだから、恐ろしい気がしてくる。
この『鳥』の主演に起用したのはヒッチコックの鶴の一声だった。
その頃、離婚したばかりで幼い一人娘のメラニー・グリフィスを抱えながら、細々とモデルをやって、やっと生計をたてていたティッピ・ヘドレン。
「君の面倒は私がみるから……」
異例の7年間の専属契約の話は、当時のヘドレンにとって、渡りに船の申し出だったのだ。
ただ、ヒッチコックの思惑は別のところにあったみたいで……
とにもかくにも、映画を撮る前にティッピ・ヘドレンには、それまでヒロインをつとめた女優たちのように、ヒッチ好みの洗練された美女に変身してもらわなくてはならない。
アップにしたプラチナ・ブロンドの髪に、上品な化粧をほどこす。
イーディス・ヘッドがデザインした淡い外出着のスーツ。
そんな姿に変身して、再びヘドレンが現れると……
ヒッチコック、たちまち(ポワワ〜ン♥)目がハート。
好きなタイプが、「もう、断然大好き!」に格上げしてしまう。
(理想どおり……いや、予想以上だ!)
こうなりゃ、映画作りにも熱が入ろうというもの。
なんと!この『鳥』に関しては、アニメーションのように、細かい絵コンテまでを、ヒッチ先生自ら描き始めたのである。(今も現存する。それにしても、丁寧に描かれた絵コンテには感心してしまう。この人、世が世ならアニメ映画の監督にもなれたんじゃないのかな?)
以前、「たかが映画じゃないか……」なんて、どっかの誰かに、ポーカーフェイスを気取って語っていた過去はどこへやら。
とにかく、
「大好きなへドレンをスターにする為なら!」
60歳を過ぎた老いらくの恋、そのパワーは相当なものなのである。
前作『サイコ(1960)』で莫大な収益をあげていたヒッチコックは、制作費にも出し惜しみなんて一切しない。
この『鳥』には、いくら制作費がかかろうが、その為の費用をジャブジャブと注ぎ込んでいく。
調教された数万羽の鳥たち。(それだけじゃ足りないと、アニメーションの合成の鳥まで足している)
ひとつの街が作られて、鳥による襲撃で無惨に破壊されていく、たくさんの車や家々。
勿論、この当時はCGなんて無い時代だし、どれだけ莫大な費用がかかったのか。(想像すると空恐ろしくなってくる)
そんな状況下で、何度も、何度も、《鳥》に襲われるティッピ・ヘドレン。
恐怖する顔、怯える顔のティッピ・へドレンが血だらけになりながら、あちこちを逃げまどう。
映画の最後で、恋人役のロッド・テイラーや、その母親役であるジェシカ・タンディに支えられながら、命からがら街から脱出する場面なんて、まるで放心状態。
演技とは思えないほど、素の表情で心底くたびれているように見える。
異様な鳥の大群に覆われた町中、逃げるように立ち去っていく1台の車。
ENDマークも出ないまま、そうして、静かに映画は終わってゆく……
恐ろしい映画……
映画も充分に残酷で嫐(なぶ)られるへドレンは気の毒以外の言葉が見つからないが、後日へドレンとヒッチコックの因果関係を知ってしまうと、ことさら鳥肌が立つほど恐ろしく思えてくる。
公開当時は、迫力満点の映像に皆が大騒ぎ!
『サイコ』に続いて、これまた大ヒットする。
だが、当のティッピ・ヘドレンは撮影終了後、ぶっ倒れて入院してしまう。(だろうよ)
一方、映画のヒットと、世間一般にティッピ・ヘドレンが認知された喜びに湧くヒッチコック。
それに伴うようにへドレンに対する歪んだ愛情は増すばかりである。(なんかゾゾ〜ッとするね)
歳をとってから熱烈な恋をすると、人はこれほど盲目的になってしまうのか。
この後は、ご存知のように有名な話でヒッチコックは、とうとう理性のタガが外れてしまうのだが……(イヤ、この時点で既に尋常ではない気もするのだが)
なんだか『鳥』のへドレンが怯える表情は、それを想像させてしまう。
ヒッチコック映画、最後のピークである『鳥』。
初めて観る方は、そんな裏話の背景を脇に置いといて、ただ素直に驚いてほしいと思う。
星☆☆☆☆。
※まぁ、これだけ美人だとメロメロになるのも分かる気がするんだけどね。