どの写真でも笑顔のスティーヴン・スピルバーグ。
もはや知らない人は誰一人としていない有名な監督であり製作者。
でも、私、この人の映画が昔から、大の苦手なのだ。
この人、映画の事を全て知り尽くしているくらい賢い人で、小狡い(こずるい)人だと、昔から思っている。
やらしい言い方をするなら、
「こうすれば万人にウケる!」
ってのが、ちゃんと分かっていて映画を撮っているのだ。
その「万人ウケ」の仕掛けに、とうの昔から気づいていた私は、世間が「今度のスピルバーグの新作は!」なんて大騒ぎしていても、冷静に傍観しておりました。
皆さん、映画を盛り上げる為には、どんなシーンを入れれば、一番に盛り上がると思います?
どうすれば、その映画が確実に《ヒットする!》と思います?
その問いに答えるなら、答えは簡単。(でも言っちゃっていいのかな?)
映画の中に、必ず《追いかけっこ》のシーンを入れること。
これがあれば、確実に、その映画が盛り上がる。
そして、必ず《追いかけっこ》がある映画は、あまりコケる事はないのである。(こう断言する!)
これはスピルバーグに限らず、他の名だたる映画監督たちでも、ちゃんと知っている事だし、映画を撮る上での、最大の常套手段なのだ。
映画が中だるみしてきて、観客が「つまらないなぁ〜」と思う瞬間、この《追いかけっこ》のシーンを入れれば、観客の興味を、なんとか繋ぎ止められる。
007の映画なんてのが、その代表格だろう。
必ずといっていいほど、敵に追われるジェームズ・ボンドのシーンが、どの映画にも挟み込まれている。
これを、もちろんスピルバーグも知っていて、大いに自分の映画に利用する限り、利用した。
映画『激突』では、延々どこまでも追いかけてくる大型トラック。
『ジョーズ』では、鮫が追いかけて襲ってくる。
『ジュラシック・パーク』では、デカイ恐竜が襲ってきて、それに逃げ惑う人々。
『インディー・ジョーンズ』なんて、一本の映画の中に、どれだけ、この《追いかけっこ》のシーンを挟んでいるか数え切れないくらいである。
それらが、次々にヒットしたのも、この《追いかけっこ》による割合が大きいのは、もう、この説明で充分お分かりになると思う。
でも、スピルバーグの場合、見た目の派手な、この《追いかけっこ》のシーンでも、他の監督たちの作品とは、どこか違うような違和感を、私、ずっと昔から感じておりました。
計算的で策略的なんだけど、そんなシーンを入れていても、この《追いかける側》と《追いかけられる側》、その関係性や理由がとても稀薄なものに見えたのである。
追いかけてくる《大型トラック》や《ジョーズ》、《恐竜》なんかに、とくに特別な《追いかける》理由なんかないのだ。
言うなれば、ただ《追いかけてくる》だけ。
インディー・ジョーンズのシリーズだけは、制作がジョージ・ルーカスで、脚本がローレンス・カスダン(白いドレスの女)だけあって、敵のナチスがインディーを追いかける《理由》は少しだけ存在する。(まだマシな方か)
こんな意味のない《追いかけっこ》も、初見のインパクトは強くても、2度目、3度目には飽きられて、年とともに風化していくというもの。
見た目だけで驚かすようなホラー映画が、まさにソレ。
繰り返し観る回数や長い年月に耐えられないのは、それが一番の理由なのだ。
そうして、自分が感じていたようなスピルバーグの《小ズルさ》や《計算高さ》を、誰も彼もが感じ始めてくる。
生前、あの淀川長治先生さえ、
「映画とは心の芸術、それをソロバン勘定で見せられて、もうウンザリした」
と、スピルバーグの『シンドラーのリスト』で、クソミソのコメントしている。
このスピルバーグ、「こうやれば万人にウケる」を今度はアカデミー賞を取るために、アカデミー会員たちに対して、猛然と発揮したのだ。
ユダヤ人の彼が監督して、重々しく撮った『シンドラーのリスト』は、もちろん一般ウケしなかったが、スピルバーグ的には大満足。
最初から、これはアカデミー賞を取るためだけに撮った映画なのだ。
興行収益なんて二の次、三の次。
「赤字が出ても、他の映画で、きちんと補てんすればいいだろうさ」
頭の中で、即座にソロバンを弾いているスピルバーグ。(その証拠に、この『シンドラーのリスト』と同年に『ジュラシック・パーク』をぶつけております。 (ともに1993年公開) )
この《したたかさ》、《がめつさ》、《策略的》というかなんというか……ある意味凄いわ(笑) 。(浪速(なにわ)の商人(あきんど)みたい)
こんなスピルバーグの策略にまんまとノセられた当時のアカデミー会員たちは、こぞってスピルバーグにアカデミー賞を与えてしまう。(このあたりからアカデミー賞の権威もガタ落ちになった気がする)
でも、この『シンドラーのリスト』を当時の勢いで、今、2021年に有難がって観返す人が何人いるのかねぇ〜。(私は観ないけど)
今では、そんなスピルバーグも製作にまわって、監督は滅多にしなくなった。(もう存分に稼いだだろうさ)
そして、そんな昔のスピルバーグ作品も、どんどん風化しつつある。
大人の男女のドロドロした愛憎劇もない、下ネタもない、腹を抱えて笑い転げられるわけでもない、殺伐とした息を殺すようなシーンもあまりない……子供から大人までの「万人ウケ」ばかりを狙った結果が、今の行き着いたスピルバーグ映画の評価。
「大人になったらスピルバーグ映画は卒業しよう」
なんてことを言う輩も、現在は増えている中、とっくに卒業していた私は、
「やっと、みんな目が覚めたか……」と一人ほくそ笑む。
長々、お粗末さまでした。
※それでもインディー・ジョーンズだけは面白いけどね。(少しのフォロー)