1958年 アメリカ。
『手錠のままの脱獄』を観た。
タイトルからもお察しできるように、黒人『カレン』(シドニー・ポワチエ)と白人『ジョーカー』(トニー・カーティス)の二人が、お互いの手錠に鎖を結びつけられたまま逃亡するお話である。
この映画、違う人種間の友情を描いた映画として、あまりにも有名すぎて、観る前から、ほぼ大体の粗筋を知ってしまっていた。
この映画が、ロベール・ブレッソン監督の『抵抗』のような、緊迫感ある《脱獄映画》なら嬉々として、とっくに観ただろうに、そんな風じゃないのは分かりすぎるくらい分かっていたので、ついつい、今日まで二の足をふんでいたのである。
それに、ことは、デリケートな、昔からアメリカが抱えている《人種間の問題》が関わってくるし……。
この映画も、ただの《脱獄映画》にならないのは、当時のアメリカの世相を充分に反映しているからかもしれない。(まぁ、最後、脱走は失敗に終わるしね)
「黒人と白人の間でも、友情は育つし、きっと分かりあえる!」
この手の主題を掲げた映画が、当時のアメリカでは次々と作られはじめた時期だったのだ。
その背景にあるのは、きっと、黒人たちの不満に脅威を感じはじめた白人たちが、それを少しでも和らげようとする、ある種の試みだったんじゃないだろうか……自分なんかはそう思っている。
そうして、この手の映画に選ばれたのが、デビューして間がない、若い黒人青年シドニー・ポワチエだったのだ。
シドニー・ポワチエは、《白人が家に招きたくなる黒人》とまで言われた人だった。
礼儀正しくて、穏やかで、人当たりの良さそうなシドニー・ポワチエ。
当時の撮影所では、黒人はポワチエだけで、他は皆、白人ばかり。
そんな中で、好奇の目にさらされながら演技しなければならないのだから、ポワチエの受けたプレッシャーは計り知れない。
だが、この映画『手錠のままの脱獄』でポワチエは、その演技力を高く評価され、いきなり躍進する。
アカデミー賞こそ主演男優賞のノミネートに終わったが、ベルリン国際映画祭と英国アカデミー賞では、見事に主演男優賞に輝いたのだった。
映画のラスト、『ジョーカー』(トニー・カーティス)を抱きかかえながら、迫り来る保安官に向けて、声を張り上げて歌い続ける『カレン』(シドニー・ポワチエ)に胸が熱くなる。
怒鳴るとか、罵倒するとかじゃなくて、歌う事で《自由》を《権利》を懸命に主張するところに、この映画が、「ただの人種差別的な映画とは違うぞ」と、思わせてしまうのだ。
一躍、その演技力で黒人唯一のスターになってしまったシドニー・ポワチエ。
ただ、この映画での飛躍はポワチエにとって、良いスタートでもあったが、これより先、苦しめられ続ける映画人生の幕開けでもあった。
なんせ、来る役、来る役が同じような役ばかり。
白人市場主義の中にシドニー・ポワチエを紛れ込ませて、最初は反目しながらも次第に和解していく……
『いつも心に太陽を』、『招かれざる客』、『夜の大捜査線』……
それらはポワチエの傑作といわれるモノだが、どれもこれもが同じような感じのする映画ばかりなのである。
当時としては、唯一の黒人スター、ポワチエを光らせる為にはしょうがなかったのだろうけど、《黒人と白人が手に手をとって、いつかは、きっと分かりあえる》なんて主題の映画も、こんなに続けば、観ている方も、ちとウンザリしてくるかも。
次第にハリウッド内ではポワチエの受けは良くても、黒人たちの間では、
「白人に平気で尻尾をふりやがって…」なんていう陰口が囁かれるようになってくる。
こんな外野の声が、本人の耳にも入ってきたはず。
苦しかったろうと思う……
たった一人で、それに耐えながら映画に出続けることも……。
何事も、一番最初に先陣をきって進むというのは、大変な重圧であり困難な事なのだ。
黒人唯一の映画スター……
だが、ポワチエはこんな状況に腐らずに、次第にこんな風に考えはじめたのじゃないだろうか。
(いつかは、きっと自分の後に続く黒人俳優たちが出てくるはず……それまで踏みとどまるのだ! 黒人が《異種》扱いされずに、自由に役を選べる……そんな日が必ずやって来る! それまで私は耐え抜くのだ。私はそんな彼らの《土台》になる!!)
何だか、自分なりの解釈でシドニー・ポワチエの心の声を書いてみたけど、案外コレ、的を得てるんじゃないかな?
そんな風に思ったか、どうか分からない(?)が、ポワチエに続く黒人俳優たちは、この後に続々と現れだした。
中でもデンゼル・ワシントンは特に目をかけていて、先輩黒人俳優として助言していたくらいである。(これは本当)
そんな黒人スターが世に出るキッカケになった、この『手錠のままの脱獄』は、ある意味、黒人俳優たちにとっては、バイブル的なモノじゃないのかな?
星☆☆☆☆であ~る。
そして、次回は、もう一人の主役であるトニー・カーティスについて。
これまで、何本か、このblogでもトニー・カーティスが出演している映画を挙げているが、この人に関しては、自分になりに、多少、思うところもあって……
そのあたり、ゆっくりと書いていこうと思うのであ~る。