1973年 イギリス、イタリア合作。
イギリス郊外の深い森に囲まれた一軒家。
昨日の降り続けた雨が、庭の芝をまだ濡らしている。
雨上がりの庭では、幼い娘の『クリスティン』が真っ赤なレインコートを着て、庭を散策中。
それより少し歳上のお兄ちゃん『ジョニー』は、自転車を乗り回している。
家の中では、父親の『ジョン・バクスター』(ドナルド・サザーランド)が、机に向かい、何枚もの教会のネガプリントに目をとおす作業。
教会修復の仕事が近づいているのだ。
妻の『ローラ』(ジュリー・クリスティ)も、そんなジョンのそばで、ゆっくりとくつろいでいた。
そんな時、突然、ジョンに何やら、不思議な悪寒のようなものがはしった。
言い知れぬ感覚に、ジョンはいきなり家を飛び出すと一目散に走り出していた。(妻のローラは「何事?」とビックリ)
そして、庭のそばの沼に、そのまま飛び込んだジョン。
沼の中から引き上げられたのは、娘のクリスティンだった。
すでに息をしていない、沼に落ちて溺れたのだ。
死んだ娘を抱えながらジョンは絶叫、そして嗚咽した。
― それから半年後。
傷心のジョンとローラの夫婦は、教会修復の為に、イタリアは水の都、ベニスを訪れていた。(息子はロンドンの学校に預けて)
昔ながらの荘厳な建物が並ぶベニスの街並み。
水に沈んだベニスでは、どこに行き来するにも舟かモーターボートを利用する。
夫婦は舟を降り、石階段を上がると、暖をとるために近くのレストランに入っていった。
「寒いな……」ジョンが、そう言い隙間の開いた窓を閉めると、反動で玄関が開き、後ろに座っている老姉妹の一人の目にゴミが入ったようだった。
「痛い!」
老姉妹は立ち上がると、ヨタヨタともう一人が手をひいて、トイレの化粧室へと向かった。
手をひいている方は、あきらかに盲目らしいのだ。
「お手伝いしますわ」見かねたローラは、立ち上がり、二人を先導していった。
トイレで目のゴミをとってやると、老姉妹の姉ウェンディは「ありがとう」と言った。
だが、そばにいる盲目の妹ヘザーはローラの方を向きながら、不可思議な表情を浮かべている。
そして、突然、こう言い出したのだ。
「……そばにいるわよ、あなたと旦那さんのそばに。今でも娘さんがいるわ………」
「えっ?何ですって?!」
驚くローラに、姉のウェンディが代わりに答えた。
「ごめんなさい、妹は霊感があるのよ」
「女の子が笑っているわ、『もう悲しまなくていいのよ』って、あなたに向かって言っているわ」
ヘザーの言葉に、ローラは蒼白になった。
(もしかして……死んだクリスティンが、私のそばにいるの?!)
「馬鹿馬鹿しい!」
トイレから戻って、夫のジョンにこの話をすると、案の定、ジョンは冷笑。馬鹿にして取り合う気もないらしい。
(でも……)
ジョンが教会の修復作業をしている間、ローラは、暇をみつけては老姉妹に会いに行った。
どんどん心酔していくローラ。
そして、霊感の強い妹ヘザーは、念押しのように、続けてこう言うのだ。
「今、このベニスでは不気味な事件が起きている。早く、このベニスから立ち去りなさい!!危険が迫っているわ。あなたより旦那さんが危ないのよ。霊感の強い旦那さんの方が………危険が及ばぬうちに早く!!」
そんな夫妻に追い打ちをかけるように、ロンドンから電話が。
「息子さんが、避難訓練中、消火器が頭に当たって怪我をしました」電話は息子ジョニーを預かっている学校の校長からだった。
次の日、ローラは慌てて一番の便でロンドンへと戻っていった。
だが、ジョンは、ロンドンへ戻ったはずのローラの姿を町中で目撃する。
船に乗っているローラの姿、………あの老姉妹と一緒じゃないか!!
(あの胡散臭い老姉妹に騙されて、きっと、ローラは連れ去られたのだ!)
ジョンは早速、警察署に行って捜索願いを出した。
そして、自身も無我夢中で、ローラを探してまわる。
どこにつながっているのか分からないような石階段や橋にかこまれたベニスは、まるで迷路のように複雑怪奇だ。
ジョンが必死に探してまわりながらも、あちらこちらでは、水辺から警察によって舟に引き揚げられる遺体の姿が見える。
誰が、どんな目的で殺してまわるのか?
町中では不気味な連続殺人事件が横行しているのだった………。
たまたま、この映画を観たタイミングがよかったのか。
素直に面白いと思ってしまった。
でも、本当に若い時に観なくてよかったかも。
この映画を観るには、この意味の分からなさを許せるだけの感性が必要なのかもしれない。
原題も゛Don't Look Now゛(今は見るな!)だしね。
とにかく、監督のニコラス・ローグが行う演出方法が独特なので、理路整然とした物語に慣れ親しんでる人には、やや取っつきにくいかもしれない。
ドナルド・サザーランドやジュリー・クリスティのSEX場面なんかも、まさにそんな感じ。
この二人、映画の中で、5分の長い間ベッドシーンを繰り広げているのだが、二人で悶えまくりのカットがあるかと思えば、事が済んで身支度をする二人の場面を交互に差し込んでくるという、なぜか?凝った演出方法をとっている。
そのまま素直に撮ればいいのに、「何じゃこりゃ?」のイライラするカット割りで、観ているこっちは熱量も冷めてしまうという、まれなSEXシーンに仕上がっているのである。
雰囲気をあくまでも重視したいのか……それとも映画の技巧を色々試したいのか?(やれやれ)
それにばかり夢中になっているニコラス・ローグ監督なのである。
その為か、この映画でも説明できないような言葉足らずの場面に出くわす事が数多い。(ゆえに映画の冒頭を、少しでも分かりやすいように長々と書いてみたのだが)
それでも、この映画では、暗く不気味な雰囲気のベニスの街並みに、この意味の分からなさもマッチしていて、ホラーサスペンスとしては、なんとか着地している気がする。
でも、ジャンルがホラーだからこそ!である。
ホラーに意味なんて誰も求めてないのだから。(怖がらせたモノ勝ち)
※《注意》ここから、多少ネタバレになるので知りたくない方は、ここでおやめください。
簡単に言うなら、これは《自分が霊能力者として自覚していない男の悲劇》なのだ。
主人公ジョンは、間違いなく霊感や不思議な能力を持っている男である。
冒頭でも書いたように、娘の死をすぐさま察知したりするのは、まさしくそうなのだ。
そして、そんなジョンが迷宮のようなベニスをさ迷ううちに、見かける赤いレインコートの後ろ姿。
追いかけて……追いかけて(本当に死んだ娘のクリスティンなのか?)と思った矢先、振り向いたのは……
ドドォーン!!
醜悪な化け物の殺人者!!(本当にいきなりである。誰なんだ?お前は!(笑) )
いきなり斬りつけられるジョン。
何度も、何度も斬りつけられながら死に際には、まるで綺麗な万華鏡のような景色が目の前に広がる。
(あ~そうか……あの時、見たと思ったローラと老姉妹が舟に乗っていた光景は、自分の葬式だったのか……自分の棺を舟に乗せて佇むローラと、それを慰める老姉妹だったのだ!)
自分の死の光景を、先もって見たんだと自覚してジョンを死んでいくのだった。
この、最後に突然現れる化け物のビジュアルは、夢に出てきそうなくらい醜悪で破壊的である。
このインパクトだけで、それまでの、この映画の言葉足らずな部分や、変な凝った演出方法の不満も、全て吹き飛んでしまうほどだ。
それでも………
なんで死んだクリスティンと同じ、赤いレインコートを着てるのか?(殺人鬼でしょ?逆に目立つのに)
なんでジョンが突然殺されるのか?
はてさて、そもそも、お前はいったい《何者》なのだ?!(笑)
一切説明なし。
でも、ホラーだから怖がらせたモノ勝ち。
ホラーに意味なんて必要ないのだ。
これで強引に最後まで推しきった映画……あなたは許せますか?
私は少しだけ許せる度量をみせて、星☆☆☆とさせていただきます。
許せないなら、゛Don't Look Now゛(今は見るな!)ですよ (笑) 。