1989年~2013年。
海外の本格派といわれる推理小説に、ものすごく凝っていて、片っ端から読んでいた時期があった。
ジョン・ディクスン・カー、
エラリー・クイーン、
クリスチアナ・ブランド、
A・A・ミルン、
イーデン・フィルポッツ、
ヘレン・マクロイ、
ヴァンダイン、
パット・マガーなどなど…。
気がつけば書棚には、そんな小説たちが、びっしり占領していた。
中でもアガサ・クリスティーの小説は長編、短編集全てを読破して持っていたと思う。
魅力ある登場人物たちの人物造形や、読みやすい文体、最後に散りばめられた複線を、見事!全て回収して行われる驚くべき謎解きに、心惹かれたものである。
『エルキュール・ポワロ』は33の長編と54の短編に登場する。
『オリエント急行殺人事件』でアルバート・フィニーが演じたポワロは、首をかしげていて、一見クールそうに見える。
早口でまくし立てて、矢継ぎ早に、自分の推理を展開する。
『ナイル殺人事件』、『地中海殺人事件』、『死海殺人事件』で、ピーター・ユスチノフが演じたポワロは、のんびりしていてユーモラスだが、ポワロってイメージからはだいぶ離れているような気もする。(映画は、それぞれ楽しかったけど)
原作から入った自分には、やはり少々、違和感もあり、「やはり、原作と実写は別物なのだ」なんて思いながら、自分を納得させたものだった。
だが、そこに、この『名探偵ポワロ』が現れた。
テレビシリーズとして、最初はポワロの短編から映像化するらしい。
本国イギリスの制作。
それ以前のジェレミー・ブレッドが演じたシャーロック・ホームズが素晴らしかった事を思うと俄然期待しないわけにはいかない。
そうして第1回から観はじめたのだが ……
これぞポワロ!
自分が思い描いたままのポワロが目の前に現れたのだ!
頭部は少し薄いが、ピッチリ撫で付けられて少しの乱れもない。
太い弓なりの眉、キラリと光る目は、愛敬を見せながらも、隠れている知性を感じさせてくれる。
口髭は、カモメの羽のような形で先端がクルンとカールしている。
そして身に付けているものは上質なオーダーメイドのスーツ、ネクタイ、靴、金時計などなど …… どれも超一流の高級品。(ポワロはオシャレさんなのだ)
性格は、少しの歪みも気になる几帳面。それゆえ優れた観察力がある。
祖国ベルギーを愛し、ベルギーを馬鹿にされると怒りまくる。
そして、
「ノンノン、モナミ(君)、ポワロは動き回りません。それは警察の仕事です。ポワロが使うのは《ココ》ですよ。」
と言って頭を指すと、
「灰色の脳細胞を働かせるのだよ、ヘイスティングス。」
なんて言いながら、相棒ヘイスティングスに微笑み語りかけるのだ。
まさにポワロらしいポワロじゃないだろうか。
1920~30年の時代背景、アールデコの雰囲気、街並み。
シーズン1が終わる頃には、その世界観にすっかりハマってしまいました。(個人的には長編小説よりも短編をドラマ化したモノは、全て良作揃いだと思っております)
そうして、24年をかけて、全原作を映像するまでに、このシリーズは続いていった。
最後の作品、『カーテン』が放映された時は感無量。
よもや、ここまで映像化できるとは、始まった当初は、まったく想像できなかった。
何しろ、クリスティーが、旅行好きでもあった事があり、原作もイラクやエジプト、イスタンブールなど様々な国をまたがるのだ。(こんなドラマ化、莫大な制作費がかかり、日本では絶対に不可能だろう)
デヴィッド・スーシェも、それに合わせた体調管理など大変だっただろうが、それを支え、この聖典を完成させたスタッフたちにも脱帽する。
吹き替えの熊倉一雄さんも、高齢ながら、なんとか完走し、最後の『カーテン』を終えると、ホッとしたようにあの世へ旅立たれた。(ありがとう、熊倉一雄先生、素晴らしい遺産をありがとう!)
ジェレミー・ブレッドが無念にも途中、鬼籍となり、ホームズの聖典を完成できなかった事を考えると、デヴィッド・スーシェと吹き替えの熊倉一雄さんが成し遂げた偉業は、驚異的であり、これからも後世に伝えていきたいものである。
この後、どんな人がポワロを演じようと、
自分の中では、これから先も『名探偵ポワロ』こそ、「これぞポワロ!」なのである。
星☆☆☆☆☆。