1980年 アメリカ、イギリス合作。
1974年に始まったアガサ・クリスティーの映画化シリーズは、『オリエント急行殺人事件』を皮切りにヒットしていた。
ポワロ役を、アルバート・フィニーから、ピーター・ユスチノフに変えての『ナイル殺人事件』、『地中海殺人事件』もヒットする。
クリスティーの謎解きもしかりだが、エジプトやら地中海やらの観光地、有名スターを出演させる事が、その都度、話題になっていた。
そこへ、降ってわいたように、あのエリザベス・テイラーの出演。
ピーター・ユスチノフのポワロシリーズを中断しての『ミス・マープル』もの。
これは、あくまでも自分の推測だが、エリザベス・テイラーの為に、ミス・マープルものに変更されたんじゃないだろうか。
そして、主役のミス・マープルの役をテイラーにさせるつもりではなかったのだろうか……と思うのである。
でも、今まで、美貌を武器にしてきたエリザベス・テイラーが、白髪の老女マープルを演じるはずもない。
そんな事は、テイラーのプライドが絶対に許さないのだ!
そんなわけで、マーブル役は、後に『ジェシカ・アルバおばさん』で有名になるアンジェラ・ランズベリーが引き受ける事になった(アンジェラ当時55歳で、この老けメイク!)
大女優エリザベス・テイラーには、もっと華やかで、ふさわしい役を!
ミス・マープルもので、12作ある長編の原作を調べると、何とかありました。
原作『鏡は横にひび割れて』の悲劇の大女優マリーナ・グレッグ役が。
「これがいい!これに決定!」
なんて具合の舞台裏だったんじゃなかろうかねぇ~(あくまでも推測ですけど)
でも、この原作、トリックはまぁ、まぁ、だけど舞台は、マープルの村、セント・メアリー・ミード村で、とても地味。
まだ、マープルものなら、『カリブ海の秘密』の方が映画ばえしそうな舞台だと思うのだが ……
さて、この原作『鏡は横にひび割れて』だが、後年、ある事を知ってしまってから、この原作が嫌いになってしまった。
※ここからネタバレになるので読みたくない人はスルーしてください。
ミス・マープルの村に、大女優マリーナ・グレッグがやってきて、ここで数年ぶりに映画を撮るという。
マリーナ・グレッグは、昔、妊娠中に風疹にかかり、産まれた子供が障害児だった事で、自分を責め続け、長い間、映画界から遠ざかっていた。
だが、今の夫で映画監督のジェイソン・ラッドと知り合い、再婚して立ち直るきっかけを得たのだった。
マリーナ復帰のパーティーが盛大に行われる。
そこで、マリーナの熱狂的なフアンで、地元の幹事をしている中年女性ヘザー・バドコックが死んでしまう。
ヘザーのグラスには、毒が入っていて、それはマリーナが飲むはずのものだった。
警察はマリーナを狙った犯行だと思うのだが、…………
マリーナに恨みを持つ者や、他の人物たちが現れたりするが、勘のいい人なら分かると思うが、もちろん犯人は、【マリーナ】である。
「昔、私、風疹になって、それでも白粉をつけて、あなたに会いにいったのよ!」
ヘザーは、マリーナの前でぬけぬけと、パーティーの中、昔の出会いを告白したのだ。
それもマリーナが長年、トラウマになっていた過去を嬉しそうに ………
『この女の風疹が、自分に感染した!』
『その為に産まれた子供が障害児となったのだ!』
自分のグラスに毒を入れると、ヘザーにぶつかってヘザーのグラスを、わざとこぼす。
「どうぞ、私のグラスを差し上げるわ」
それを喜んで飲んだヘザー・バドコック。
毒入りとは知らずに ………
これが、ミス・マープルが解きあかした真相である。
こんな話の『鏡は横にひび割れて』だったが、まだ若かった自分は感心して読んだ記憶がある。
でも、それから数年後、ある事を知ってしまった。
それは、有名な実在した女優、ジーン・ティアニーの生涯。
戦時中、大スターだったジーン・ティアニーは、妊娠中だったにもかかわらず、兵士を励ます為に慰問に出かけた。
そこで風疹に感染してしまう。(?)
産まれた子供は、障害児だった。(??)
それから数年後、ティアニーの元に、偶然、ある人物がやってきて、
「あの時、風疹にかかっていたけど、あなたに会う為に出かけていった」と告白されたのだ。
ジーン・ティアニーのショックは、ひどく、段々と演技をする事もかなわなくなっていったという ………
まんまやんけー!
クリスティーが書いたこの小説、まるで、そっくり、同じではないか。
この記事も、当時、有名スターのゴシップ欄をにぎわせたはず。
出版された当初、クリスティーいわく、
「偶然です、全く知らなかった」と言っていたらしいが、どうだか……(真相は闇の中)
この小説をジーン・ティアニー自身が、どう受けとめたのか、もはや知るすべもないが、まるで傷口に塩を塗るようなものである。
こんな背景がある、原作の映画化。
しかも、それをエリザベス・テイラーが、嬉々として演じたのだ。
今や年齢とともに美貌は崩れて、がっしりとドスコイ体形になったテイラーに、か弱さなんて微塵もない。
それでも、頭にはスミレ色の花をたくさん載せた帽子を被り、アイラインを濃く、お化けのように塗って、化粧はバッチリ。(これを見た時、正気か?と思ったくらい。まるで仮装である。)
エリザベス・テイラー演じるマリーナ・グレッグが、ヘザー・バドコックの話を聞いていると、段々と顔色が変わってくる。
階段の上にある、子供を抱いた母親の肖像画を見つめるマリーナ。(出たー!目を見開いてのワナワナ演技(笑))
映画は、案の定、失敗した。(それ見たことか)
クリスティーの映画化シリーズは、ここで一旦終了となる。
その後、テイラーは、『フリント・ストーン』なるコメディー映画に出演するも、パッとせず消えていった。(アカデミー賞まで取った人の最後が、これとはね)
あれから数年たって、もはや、エリザベス・テイラーの映画を語る人すらも少なくなってきた。
いくら時が過ぎようが、名作は残るが、そうでないものは消えていく。(あ~無情)
そして教訓。
【風疹になったら、家でジッとしてなさい!】って事で。
おしまい。