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2019年10月27日日曜日

映画 「幽霊と未亡人」

1947年 アメリカ。







「私、この家を出ていきます!」



ルーシー・ミューア(ジーン・ティアニー)は、義母と義姉の前で、そう高らかに宣言した。


夫が亡くなって1年、喪があける、この時をずっと待っていたのだ。


「まぁ、なんて事でしょう」、義母はオロオロし、いかにもイジワルそうな義姉は、「本気なの?」と聞いてきた。


「自由になりたいの!私たち無理に合わせる必要もないでしょ」


ルーシーは、ひとり娘の幼いアンナ(ナタリー・ウッド)と、ルーシーが結婚する前から一緒だった、家政婦のマーサを連れて出ていくと言う。



義母も義姉もたちまち憤慨した。(この二人に家事が出来そうもないので、家政婦を連れていかれるのは痛手なのだ)


「この裏切り者!」

「何とでも。夫が残してくれた株で、生きていくわ」



台所に行くと、マーサとアンナが立ち聞きしていたのか、嬉しそうにルーシーを迎えた。


「決心したんですね」マーサは、ルーシーの為ならどこへでも付いていく覚悟だ。



「さあ!新しい生活の始まりよ!」



家はロンドンから離れた場所がいい……そう海のそばに建つ家がいいわ。



3人で住める貸家を探そう!



ルーシーの夢は広がる。






「この家なんてどうでしょうか?」


「家賃が高すぎますわ」



はぁ~、現実は苦しい。


不動産屋クームが薦める家は、どれもこれも立派だが割高だ。



その時、ルーシーは机に置かれた、ある家の物件に目が止まった。


「これがいいわ!家賃も安いし、海のそばの家ですもの!」



クームは慌てた。

「こ、この家は紹介できません!実はある問題があって……」

下水道も完備、家具も揃っていて、2階建ての一軒家。もちろん庭付き。

こんな良い物件で家賃が安ければ、多少問題があっても構わないじゃないか。



「私、ここを見てみたいわ!」


言い出したらきかないルーシーに、不動産屋は、「やれやれ…」と言いながら、取り合えずは、その家に連れてくるのだった。






その家は立派な造りの家だった。



中に入ると、4年間誰も借り手がなかったせいか、埃をかぶっていたが、掃除をすれば何も問題はなさそうだ。

ルーシーが奥の部屋に行こうと、ドアを開くと、暗闇に男の顔が、ぼんやり浮かんできた。



ドキッ!っと一瞬したが、それは壁に飾られた肖像画だった。

「これは誰なの?」

たくわえられた見事な髭をはやし、厳しそうな顔をしている男の肖像画……クームは、前の持ち主で、この家で自殺した船長だと教えてくれた。

(こんな顔の人が自殺ねぇ~)


「あの~2階も見てみたいわ、海が見下ろせるんでしょう?」



階段を上がっていくと、これまた立派な部屋に行き着いた。

窓には、望遠鏡まで置いてある。



その時、窓が突然、バタン!と開き、風が、重いカーテンを持ち上げた。



そして部屋中に、どこからともなく男の笑い声が響き渡った。


「そら、始まった!」不動産屋クームは大慌てで、ルーシーを階段に引っ張っていくと、玄関まで走り出した。




全速力で走ってきて、荒い息を吐きながら、クームが言う。

「ハァ……ハァ………、これで分かったでしょう?、出るんですよ!ここには『幽霊』が!これがお薦めしなかった理由ですよ」



それでもルーシーは気にする事なく、


「私、決めました!ここをお借りしますわ!」といい放った。


クームは呆れて、ええぃ!後はどうなっても知らんぞ!とばかりに、ルーシーに鍵を押し付けたのだった。




引っ越しが済んで、ルーシーとマーサは、家中をピカピカに掃除した。


床も磨いて、キレイサッパリ、やっと新生活の始まりだ。


「お疲れになったでしょう、しばらく2階でお休みになってください。後でお茶の支度をしますから」


優しいマーサ……ありがとう、そういえば本当に疲れた。


ルーシーは2階に行くと、揺り椅子に腰掛けたと、同時に寝入ってしまった。



それからどれくらい時間が過ぎただろう………。

窓の外は、暗い雲で覆われている。



しばらくして、寝ているルーシーに、近づいてくる影があった。


それは、伸びるような黒い男の影………。








この映画は、そのままタイトルが示す通りである。


全然怖くない、威張っているけど、お節介な『幽霊』のグレッグ船長(レックス・ハリソン)と、世間知らずの『未亡人』ルーシー(ジーン・ティアニー)の心温まるハート・ウォーミング・コメディーである。




監督は、『イヴの総て』や『三人の妻への手紙』など傑作を残した巨匠、ジョセフ・L・マンキーウィッツ



ゆえに、この映画も、脚本から、セリフから、演出からと、まるで映画の教本にでもしていいようなくらい、全て完璧である。(これぞ、職人芸って感じなのだ)






そして、この映画にしても、有名スターで脇をキチンとかためられていることにも、改めて驚いてしまう。




レックス・ハリソン ………グレッグ船長役。髭モジャで、荒々しいが、根は善良の人のいい幽霊。


世間知らずのルーシーの生活を助ける為に、口述筆記で、自分の半生を小説に書かせたりする。


いつしか幽霊の身でありながら、ルーシーに恋してしまう不器用な船長さんである。




レックス・ハリソンは、この数年後、オードリー・ヘプバーンと共演した『マイフェア・レディー』のヒギンズ教授役が当たり役となり、たちまち有名になる。


アカデミー主演男優賞やトニー賞などを総なめにした。





ナタリー・ウッド ……この映画では、まだまだ小さな子役で、ジーン・ティアニーの娘アンナ役を、キャピキャピ演じていたが、後に、この人も、これまた有名になるとは……。



『草原の輝き』や『ウェスト・サイド物語』などなどと、看板青春スターとなってしまう。


残念ながら、不慮のヨット事故で、その生涯は短いものだったが……。(43歳没)





ジョージ・サンダース ……マイルス・フェアリー役。


船長とルーシーが共同で書き上げた本を、ロンドンの出版社に持ち込んだ時に知り合い、たちまちルーシーの美貌の虜となり、追いかけ回す児童文学の小説家。


そのジョージ・サンダースの元々の性格からきてるのか、はたまた役柄なのか、強引で有無をいわせないやり方で、ルーシーの娘アンナには嫌われ、召し使いのマーサにも嫌われる。(トホホ……まぁ、損な役回りである)



でも、このジョージ・サンダースも、この3年後、『イヴの総て』で悪女イヴをやり込める批評家アディソン・ドゥーイット役で、アカデミー助演男優賞を受賞するのだ。





前回の『ローラ殺人事件』といい、この『幽霊と未亡人』といい、監督でも、共演する俳優たちでも、ジーン・ティアニーに関わった人々は、その後必ず有名になっている。



幸運の女神だったのかも……。



本人は死ぬまで、賞とは無縁だったのだが、何か不思議な吸引力というか、魔力みたいなものを感じてならない。




ただ、ジーン・ティアニー自体は、不遇な人生に苦しみぬいた人だったのだが………………。




この『幽霊と未亡人』は、星☆☆☆☆。

これも埋もれた傑作の一つである。