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2018年11月27日火曜日

映画 「情婦」

1957年 アメリカ。






原作はアガサ・クリスティーの『検察側の証人』。


そして、監督はビリー・ワイルダー



『サンセット大通り』、

『第17捕虜収容所』、

オードリー・ヘプバーンと組んだ『麗しのサブリナ』、『昼下がりの情事』、

マリリン・モンローの『七年目の浮気』、『お熱いのがお好き』、

『アパートの鍵貸します』などなど………


いずれもワイルダー監督の残した作品は、名作、傑作の粒ぞろい。

まさに巨匠といってもいい監督さんなのである。




で、この巨匠が撮った、この『情婦』であるが、これまた大傑作なのだ。(ビリー・ワイルダーの映画にハズレなしと言いきってしまおう。)



この映画以前にもクリスティーの原作は、いくつも映画化されているのだが、ほとんどが失敗作だった。(ポワロものは、原作とかけ離れた人物造形だったり、ミスマープルもしかり…)



原作者のクリスティーも映画化には、ガッカリさせられてばかりで、この頃には乗り気も薄れていた。(後年、オリエント急行殺人事件が大ヒットするが、1974年なのでまだまだ先の話なので)



そして、やっと、巨匠によって作られた、この映画の成功でクリスティーの溜飲も下がるのである。






有名弁護士『ウィルフレッド卿』(チャールズ・ロートン)は、長い病院暮らしから、やっと開放された。


だが、喜ぶ気持ちとは逆に、憂鬱な面持ちで、久しぶりの我が家へと向かう車へ乗車していた。



おしゃべりで口うるさい看護師の『プリムソル』(エルザ・ランチェスター)がついてきたのだ。


「お酒もタバコもダメですよ!退院しても安静第一なんですから!!」

家に帰りついてからも、やれ、お昼寝の時間だ!、なんだ!と口うるさいプリムソル看護師。



ステッキの杖に隠しもっていた葉巻3本も簡単に、見つけられて取り上げられてしまった。(やれやれ…)



ウィルフレッド卿は、英国でも高名な弁護士だったが、当分、ろくな仕事もさせてもらえない。(「裁判が長期になればお身体にさわります」と執事も看護師も心配して猛反対するのだ。)



こんな窮屈さに辟易していたところへ、昔なじみの事務弁護士『メイヒュー』が訪ねてきた。


若い男を伴って。



「ぜひ、力を貸してくれないか?」

連れてきた青年は、名を『レナード・ボール』(タイロン・パワー)といい、もっかエミリー・フィンチ事件で逮捕されそうだというのだ。



エミリー・フィンチは、孤独な富豪の未亡人で、神経質な家政婦と暮らしていた。


ある日、帽子屋で、エミリーに似合う帽子を選んでやったことがきっかけで、レナードは、偶然知り合ったと言う。


そして、次は映画館で偶然出会い、意気投合した二人、

レナードは、エミリーの屋敷に、度々招待されるようになったのだった。



発明家のレナードは、玉子の泡立て機を、屋敷で実演してエミリーに買ってもらったりもしていたらしい。(全然売れそうにないが)


だが、ある夜、家政婦が帰ってくると、屋敷の中でエミリーが殺されていた。



最期に生きているエミリーに会った人物はレナードだけで、警察も疑っているというのだ。



「アリバイはあるのかね?」ウィルフレッド卿は、レナードから、1本もらった葉巻を吸いながら質問した。(オイオイ!)



「きっと妻のクリスティーンが証言してくれます!」

殺害時刻の夜9時半には、ちゃんと家に帰宅していたし、それを妻が証言してくれるはずと、レナードは答えた。



年老いて孤独なエミリー夫人には、同情していたが、愛しているのは妻のクリスティーンだけだと…。




だが、エミリーは遺言状で全財産をレナードに遺していた事がわかると事態は一変。


「僕はそんな事は知らない!、信じてください!!」


空しい訴えをよそに、警察がやってくるとレナードはウィルフレッド卿の目の前で連行されていった。




あとに残されたメイヒューとウィルフレッド卿は、応接室で考え込んでいる……。


(あの善人そうなレナードは犯人だろうか………だが、この今のワシには弁護なんてする力さえない…………)


思案中のウィルフレッド卿。


「レナードの妻、ボール夫人には、この事をどう伝えてよいのやら…」

メイヒューも考え込んでいる。



そこへ、


「その心配はございませんわ」

一人のスラリとした女性が、玄関の戸口に立っていて二人に挨拶したのだった。



女性の名は、レナードの妻『クリスティーン』(マレーネ・デートリッヒ)。


「主人はやっぱり逮捕されましたのね」

動揺もせず、冷静に他人事のように淡々と話すクリスティーンに、メイヒューもウィルフレッド卿も逆にドギマギしてしまった。



「奥さん、このイギリスでは献身的な妻の証言は、裁判でも、あまり信憑性もなく、懐疑的にとられるのはご存じですかな? レナード君のアリバイを証言するのもあなたの言葉だけでは……」



「私、妻じゃございませんの」

言い捨てるクリスティーンに、「えっ?!」と呆気に取られる二人。



戦時中、東ドイツで既に結婚していたが、レナードと英国に来るために、すでに結婚していた事を、レナードには黙っていた。

こんな風にクリスティーンは、いけしゃあしゃあと、二人に話し出したのだ。



「それでは二重結婚だ!!」


「なんとでも!でも裁判では、レナードのいうように、うまく証言してみせますわ。一応イギリスに連れてきてくれた恩もありますしね」


冷淡なクリスティーンに言葉も失う二人。



クリスティーンが帰っていくと、ウィルフレッド卿は、なにかをじっと考えていたが、やっと決心したらしい様子だった。


「よし!レナード・ボールの弁護を引き受けよう!」


ウィルフレッド卿の決断は、執事や看護師のプリムソルを怒らせ、呆れさせ、慌てさせたが、もう誰も止める事ができない。



こうしてレナードを救う為、裁判の幕は上がったのだった …………






ここから先は、法廷で、いよいよ裁判が始まるのだが、これ以上は書かないでおきます。




この映画には、映画史上、まれにみる素晴らしい《大どんでん返し》が隠されているので。



クリスティーならではの仕掛けに、はじめて観られる方はビックリする事と思います。(最初、観たときはホント、「ガガーン!!」と衝撃的でした。しかも小説の上の上をいくような大どんでん返しに!)




でも映画は、どんでん返しだけでなく、脚本も演出も役者さんたちも素晴らしいです。



マレーネ・ディートリッヒもこの時50歳を越えているが、いつまでもお綺麗な事。


チャールズ・ロートンは、以前『狩人の夜』で少し触れましたが、監督もしてるし、見た目は肥ったタヌキオヤジですが、ちょっと生活はだらしないけど有能な弁護士を見せてくれます。


タイロン・パワーの誠実そうな青年が、裁判が進むにつれて状況が悪くなり、怯えて、死にもの狂いの様は、見事です。





でも、なにより、一番素晴らしいのは、やはりビリー・ワイルダー。


なにもかもが完璧、いうことなし。


やはり、巨匠と言われる人は、最初の題材選びから違うのだ。




2時間くらいの映画を撮る場合、映画の脚本は、せいぜい120ページ~150ページくらいだろうか。


長編の小説なら400ページ以上ある。


それを2時間の尺に埋めるためには、当然削る作業をしなくてはならない。(要らないエピソードや不用な登場人物などなど台詞も大幅に削られる)




それよりは、短編小説の方が映画にしやすい事を、巨匠と言われる人たちはちゃんと知っているのだ。



この『情婦』…『検察側の証人』も短編である。


原作には、口うるさい看護師のプリムソルも出ないし、執事も出てこない。


隠れて葉巻を吸うなんてエピソードもない。



短いエッジのきいた短編の大まかなあらすじは変えずに、映画ならではの肉付けをしていく、これが演出なのである。




以前、ここであげたヒッチコックの『裏窓』もウイリアム・アイリッシュの小説の短編である。


小説では、男のマッサージ師が出てくるだけで、看護師のステラも恋人のリサも出てこない。


ヒッチコックは、男のマッサージ師の役割を、ふたりに振り分けてうまく演出しているのだ。




ビリー・ワイルダーもそれを分かっている。



クリスティーの傑作、『オリエント急行殺人事件』や『アクロイド殺し』などの長編には、決して食指はのびなかったのだ。



それよりは、短編小説という材料を、自分たちの想像でふくらませて、肉をかたどり、調理し、スパイスを効かせて、うまく料理していく方がいい。



おかげで何十年たっても、美味しいし、冷めない料理(映画)が完成したのである。



映画も料理に似ているかも。

この傑作をどうぞ、堪能してほしい。



星☆☆☆☆☆。(超オススメ!である)

※あ、そうそう、ウィルフレッド卿役のチャールズ・ロートンと、プリムソル看護師役のエルザ・ランチェスター、この二人、実は夫婦である。(トリビアとして)