1953年 アメリカ。
『ポリー・カトラー』(ジーン・ピーターズ)は、夫の『レイ』と一緒に新婚旅行で《ナイアガラ》にやって来た。
「思う存分、このナイアガラ・ツアーを楽しまなくちゃ!!」
浮き浮き気分で、俄然、張りきるカトラー夫婦。
地上からエレベーターを下に降りていき、暗いトンネルを抜けていくと、そこはナイアガラの滝の、ちょうど真裏に出てくる。
そして、目の前に広がるのは、絶景スポットの展望台。(1950年代にこんな場所が完成されている事に、今更ながらに驚く)
そんなナイアガラを背景に、夫のレイは妻のポリーを写真におさめたいのだ。
「もっと後ろに下がって!」
夫の掛け声に笑いながら後ずさりするポリー。
すると、真横の岩陰で熱烈なキスをしている男女の姿が、突然ポリーの目にとびこんできた。
(あれは隣のロッジにいるルーミス夫人だわ!……相手の若い男は………どう見てもご主人じゃなさそうね……)
バツの悪い場面を偶然見てしまったポリー。
美人で派手な『ローズ』(マリリン・モンロー)は、地味で根暗な男『ジョージ・ルーミス』(ジョセフ・コットン)と結婚していた。
この夫婦もポリーたちと同じように、ナイアガラの側のロッジに宿泊していたのだが……さわやかなカトラー夫婦とは、まるで真逆で、常に淀んだ空気が流れている。
夫のジョージが、あまりにも嫉妬深すぎるのだ。
熱烈に愛しすぎるがゆえに、
「ローズが外に出れば他の男に奪われてしまう!」
こんな疑念でイッパイになり、結婚してからというもの、片時も心休まる暇がないときている。(ある意味、ジョージの疑念は当たっているんだけど)
こんなジョージの嫉妬は、とうとう仕事にまで影響して、事業は失敗続き。
オマケに、お国の為に朝鮮戦争に行くと、ズタボロの精神状態で、ジョージは帰国してきたのだった。
ますます、陰気臭くなったジョージの性格。
こんな男と暮らしていて、毎日が楽しいはずがない。
妻のローズは、こっそり若い男を手玉にとってメロメロにしてしまうと、ある企みを、今まさに、実行しようとしていたのだった。
「夫を殺してちょうだい……」
こんな痴情のもつれで、お互いに殺伐としだしたルーミス夫妻。
偶然、三角関係を見てしまったポリーは、そんないざこざの渦に巻き込まれて………
急に、この映画『ナイアガラ』を思い出して、40数年ぶりに観てみた。
コロナ蔓延の中、家の中にこもりっきりで、鬱々とした気持ちで限界にキテる人も多いはず。
そんな時に、多少、観光気分を味わえるのなら、こんな映画もいいかもしれないと思ったのだ。
この《ナイアガラの滝》は、数十年経った今、観ても、中々のド迫力で見応え充分である。
物語の内容はというと…スッカリ忘れていた。
この映画『ナイアガラ』について書かれている幾多の記述なんかを読むと、
「マリリン・モンローの初めてのカラー映画」だとか、
「マリリンが魅せる華麗なモンロー・ウォーク」なんてモノばかり。
たまにジョセフ・コットン演じる根暗なダメ夫について書いているのを見つけても、ほぼ、内容にふれたのを見かけた事がない。
何でだろう?と不思議に思い、今回新たに観直してみると、その疑問も分かった気がする。
この映画のクレジットには、一番最初の画面に3人の名前が一気に並ぶ。
画面左上にマリリン・モンロー、その右横にジョセフ・コットン。
そして、二人の下、中央にはジーン・ピーターズの名前。
もう、お分かりだろう?
冒頭に書いてみた、多少のあらすじを読んでみても分かるだろうが、この映画の実質上の主役はジーン・ピーターズ演じる『ポリー』なのだ。
主役はマリリン・モンローでも、ジョセフ・コットンでもない。
観客が感情移入して、ハラハラ、ドキドキすべき人物は、若妻『ポリー』(ジーン・ピーターズ)なのである。
古い映画だから、思いきって書いてしまうが、
『ローズ』(マリリン・モンロー)と愛人の若い男が計画した《夫ジョージ殺し》は失敗に終わる。
ナイアガラの滝で突き落として殺す計画だったのだが、逆に『ジョージ』(ジョセフ・コットン)に殺されたのは若い愛人の方だったのだ。
オマケに、ジョージは、《ローズが愛人と共謀して、自分を殺そうとした》事に気づいてしまうのだ。
可愛さあまって憎さ百倍……
ローズを憎むジョージは、とうとう追いつめて、ローズの首を絞めて殺してしまう。
そう、映画の半分を過ぎたあたりで、『ローズ』(マリリン・モンロー)は、殺されてしまうのだ!
断言する!
こんな役で、主役であるはずがない!
こうして、殺人犯として逃亡を続けるジョージ……
そして、それを知ってしまったポリーは、事件に巻き込まれながらも、壮大なナイアガラで、ジョージと最後の対決をするのである。(もちろん、主役ゆえ、ラストはヘリコプターで救助されるポリー)
こんな話が、映画『ナイアガラ』の本当の姿なのだ。
それなのに、どういうわけか、この映画は、数十年経った今でも、マリリン・モンローが主役の映画として、ずっと勘違いされ続けている。
映画の宣伝も、評論も、なんならDVDなどのパッケージなんかを見ても、マリリン・モンローを押し出して、「ババァーーン!」と見出しにしたものばかりが目立つ。
これでは観てない人には、「マリリン・モンローが主役の映画なんだろう!」と思われるのも当たり前なのである。
どうしてこんな風になってしまったのか?
それはマリリン・モンローが、この映画で演じた『ローズ』という役柄のインパクトが非常に大きいのだ、と推測する。
自分が目立つように、セクシーで派手なショッキング・ピンクのドレスに身を包んでいるローズ。(周りから一人だけ浮いてる格好に、今、観ればドン引きして、笑ってしまう (笑) )
恋愛に奔放でいて、旦那がいても関係なし。
気軽に男と浮き名を流す、ふしだらな女ローズ。
そうして、最後は自業自得で殺されてしまうローズ……
マリリン・モンローの実生活と重ねて、人々は、この『ローズ』のキャラクターを見てしまったのだ。
実際のマリリン・モンローも結婚離婚を繰り返し、共演者とも浮き名を流す恋愛体質。
オマケに36歳の若さで亡くなった謎の死。(事実は自殺だったらしいが)
でも、この『ローズ』の役柄が影響しているのか、今でも《他殺説》の憶測や噂を信じる者は後を絶たない。
《マリリン・モンロー》=《ローズ》のイメージは、マリリンの死によって、決定的に刻印のごとく印象つけられてしまったのである。
なるほどねぇ~……
でも、その勘違いや虚飾も、そろそろ幕を下ろしてもいいんじゃないの?(もう70年も経つし)
映画を観れば分かるはずだが、ジーン・ピーターズは、理知的で美しく、確かな演技力をみせてくれる女優さんである。(私は彼女の方が好き)
着ているファッションも、ケバいマリリン・モンローとは比較にならないくらいセンスが良い。(クール・ビューティーを存分に引き立てている)
ナイアガラの濁流の中、流されまいと岩場に必死につかまる彼女。
上空を飛ぶヘリコプターからロープで降ろされた椅子を、たぐり寄せて、必死で掴まる彼女。
ジーン・ピーターズは体を張った体当たりの演技を見せて、映画のラストを飾っている。(ボンド・ガールも真っ青)
この映画を久しぶりに観て、ナイアガラの見事さを堪能した私は、マリリンにかぶされた虚飾の王冠をおろして、ジーン・ピーターズの頭に、その王冠をかぶしてあげたくなってしまった。
どうだろうか?
星☆☆☆☆。