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2020年7月10日金曜日

映画 「バニー・レークは行方不明」

1965年 イギリス。







「あの~、『《初めての部屋》に行け!』って言われたんですけど………でも、先生方がどなたもいらっしゃらなくて…………」



未婚のシングル・マザー『アン・レーク』(キャロル・リンレイ)は、イギリスに引っ越してきて、4歳の娘『バニー・レーク』を預けるために、初めての保育園にやってきたのだ。


勝手が分からなくて右往左往しているアンは、保育園の階上にある《初めての部屋》なる場所に、一旦バニーを置いてくると、急いで階段を降りてきて、(誰かいないか……)探し回っていたのだ。


階下の台所で、やっと見つけた不機嫌な中年女の料理人に、今、こうして話かけているのである。



(あ~、もう時間がないわ!急いでアパートに戻らなきゃ!!運送屋からの引っ越しの荷物が、もう届くはず………)


焦るアンに、料理女は、面倒くさそうに、

「あ~、見といてやるし、後で先生に言っとくよ」と、アンの顔を見もせず、生返事する。



「お願いします!」


それでも助かった!急いでアパートに戻らなきゃ!!




家に戻ると、もう運送屋が来ていて、引っ越し荷物を降ろしはじめていた。



「あ~、これはこっちに、それはそこに運んでちょうだい!」


バタバタしているアンの元に、小型犬を抱いた男がノソ~と、断りもなく、勝手に入ってきた。


「どなたですか?今、忙しいんですけど」

「部屋は気に入りましたかね?私は大家のウィルソン」



あ~大家さん、それにしても何だか気持ちの悪い中年男……犬なんて抱いていて……。


「壁に掛けられている仮面は気に入りました?」そう言うと『ウィルソン』(ノエル・カワード)は、アンとの距離をつめよりながら近づいてきた。


その近づき方に、またもや(ゾゾッ!)と嫌悪するアンは、無視を決め込んで、さっさと片付けに専念する事にした。



それでも、ベラベラと独り言のように話すウィルソン。


「もう、行かないと!娘を保育園に迎えに行くんです!!」

大家のウィルソンを家から追い出し、ドアに鍵をかけると、アンは表に走り去っていった。





迎えに行った保育園には、既に若いママたちが大勢で、我が子が降りてくるのを階下で待っている。


「さぁ、帰りましょ」次々帰っていくママ軍団たち。


でも、うちの子はどこかしら?


「バニー!バニー!」探しても、どこにも見当たらない。




先生たちを捕まえて聞いても、「知りませんわ」だし、


オマケに、なんと!あの料理人女は、勝手に辞めてしまっていた。



誰も彼もが無責任に「知らない!知らない!」を連呼するばかり。(酷い保育園)




「うちの娘、《バニー》は、いったいどこなのぉぉーーー!?」


とうとう半狂乱になって叫ぶアン。




アンが助けを求めて電話すると、兄『スティーヴン』(キア・デュリア)も保育園に駆け付けてきた。


「バニーが行方不明だって?!大丈夫か?アン」


兄の姿を見て泣き崩れるアン、それを支えるスティーヴン。





やがて、警察がやって来て、バニーの大捜索が始まった。


「確かに娘さんをここに預けたんですね……」

事件を担当する『ニューハウス警視』(ローレンス・オリヴィエ)がアンに質問する。



「ええ、でも誰も見ていないだなんて……」




バニー・レークは行方不明……。

いったい、どこへ消え去ってしまったのだろうか……





ずいぶん前に観た『バニー・レークは行方不明』を今回、このblogに書く為に、もう1度見直してみた。


最初、この映画を観た時、この話の設定ばかりじゃなく、画面から伝わるような異様なほどの、ピリピリした緊張感に圧倒された思い出がある。



後々、調べてみると原因は、どうも…監督のオットー・プレミンジャーのせいらしいが………。


《オットー・プレミンジャー監督》




次々に、ハリウッドのタブーに挑み続けたプレミンジャーの功績は称えられていても、一方では、そのワンマン監督ぶりは、今でも伝説的である。


怒声、罵声は当たり前。


自分が納得する演技の為なら、いくらでも俳優たちへは、連続のダメ出し。


男でも、女でも、ベテラン俳優に対しても、一切手抜かりなし。


主演キャロル・リンレイなんて、現場では、常にクソミソに言われ続けていたらしい。(可哀想に)



他のいずれの俳優たちも同様で、あの名優ローレンス・オリヴィエさえも、相当へき易していたらしい。(『嵐が丘』の監督で、これまた完璧主義のウイリアム・ワイラーに、すでに鍛えられていたオリヴィエさえも、後年言っているのだから、相当酷かったと想像される)



ボロカス言われ続けた俳優に同情して、みかねたジョン・ヒューストン監督が、

「もう、よさないか、オットー ……」なんて助言したりもしている。



でも、まるで聞く耳なんて持つものですか、プレミンジャー。(その俳優はすっかり消沈して、引退してしまったらしいが)




こんな裏話を知ると、画面から漏れてくるような、この独特な緊張感も、何だか妙に納得してしまった。




この映画はというと、誰もが、問題の《 バニー・レーク 》の姿を、一切見せない演出を取り上げて、「他の消失モノとは、どこか違うぞ」と褒めちぎる。




本当に《 バニー・レーク 》は存在するのか?


もしかして、アンが造り出した幻想じゃないのか?



こんなあやふやな、どうにでもとれるような微妙なバランスで、妙に不安感をあおっている。



まぁ、それでも主人公キャロル・リンレイの健気さや可憐さにほだされて、「頑張れー!」って気持ちで応援してしまうけどね。(美人は得なのだ)




その演出方法や仕掛けも、それはそれで素晴らしいんだけど、私は俳優たちの演技に絶賛をおくりたい。



最後まで途切れる事なかった、このピリピリした緊張感の芝居に。




ラスト、真犯人●●との、夜半の鬼ごっこ、かくれんぼ、ブランコ遊び……



娘の命を守る為に、恐怖を隠して、つくり笑顔で、気の狂った犯人の遊びに、精一杯興じるアン。



まぁ、恐ろしい、恐ろしい。


そして、なんて長~い時間の恐怖なんだろう……。(本当に恐いです)




こんなに寒気を感じる映画はないし、これを一番に評価したいと思う。


プレミンジャーの怒声や罵声も、俳優たちへの緊張感を持続させるモノならば、これはこれで成功してるのかもしれない。

星☆☆☆☆。



でも、俳優たちには一生忘れられない、地獄の撮影現場だったでしょうけどね(笑)