古代ローマの神《ヤヌス》は、物事の内と外を同時に見ることができたという。
この物語は《ヤヌス》にもうひとつの心を覗かれてしまった少女の壮大なロマンである。
もし、あなたに、もうひとつの顔があったら……………
主人公・『小沢裕美(おざわ ひろみ)』(杉浦幸)は、厳格な祖母・『初江』(初井言榮)と気弱な養父母『一樹』(前田吟)と『みどり』(小林哲子)の四人家族。
実母・由紀子は高校生の時に、ある男と知り合って妊娠。
周囲に大反対されるも、それを押しきって17歳の若さで裕美を出産した。
だが、案の定、男には棄てられて海で入水自殺。
産まれたばかりの裕美は、由紀子の兄で、子供のいない『一樹』と『みどり』夫婦の養子になるも、同居する祖母の『初江』に厳しくしつけられて育てられてきたのだ。
ー そして、17歳となった裕美。
高校生になれば周囲は恋愛に浮かれ騒ぎ、あちこちでカップルになる同級生たちもいる。
そんな中で裕美にも………。
「何ですか?!裕美!この手紙は?!」
仏壇の前、ユラユラと煙るお香を焚きながら、正座させられた裕美の目の前で、険しい顔の祖母・初江が仁王立ちになっている。
「知らないんです、おばあちゃま!いつの間にか鞄の中に入っていて …… 」
「おだまりなさい!!」
問答無用とばかりに初江は竹の物差しで叩いて折檻した。
鞄の中に入っていたのは《ラブレター》…… 生徒会長・進藤哲也(宮川一朗太)がおくったものだった。
「お前に隙があるから、こんな手紙を入れられるんです!」
初江の怒りは収まらず、なおも竹の物差しが、裕美の背中や腕を打ち続ける。
「許して、おばあちゃま!許して!」
「お前には母親の由紀子と同じ『淫らな血』が流れている! 裕美!お前も母親と同じ運命を辿りたいのか?!」
初江の折檻は、なおも続いていく。
初江に打たれながら、正座させられて、膝に置いた両手を、ギュッ!っと爪が食い込むくらい握りしめながら、裕美は必死に耐えていた。
こんな日々が何度繰り返されてきただろうか ………
全てが監視され管理されて、裕美に自由は全くなかった。
あまり笑顔のない、暗い影のおとなしい少女 ……
そんな風に裕美が成長するのも無理はなかった。
だが、学校に行けば、
「おはよう、裕美!」(???)
同級生たちが気楽に声をかけて暖かく迎えてくれる。(おかしい?…… 普通ならこんな陰気な子、いじめの対象になってもおかしくないのだけど)
同級生役に、
●河合その子……おニャン子クラブ。
●長山洋子……今じゃ演歌の重鎮。
●竹内力………まだ、爽やかな『竹内力』、今じゃ、こんな極悪顔になるなんて誰が想像しただろうか(笑)
校長先生には、
●中条静夫……この方も『赤い衝撃』などで、昔から大映ドラマを支えています。
教師役には、
●賀来千賀子……『少女に何が起こったか』では小泉今日子をイビるライバル役だった彼女が、このドラマでは良心的な女教師。(でもイヤ~な感じがするのは何故なんだろう?(笑) )
などなど……学校では良い人たちに囲まれて、すばらしく恵まれた環境で過ごしていた裕美。(今、考えると、豪華な共演者ばかりだ)
そして、そんな中で、担任の熱血教師『堤邦彦』(山下真司)もまた、おとなしい裕美を何かと気にかけていた。
そんなある日、裕美が乗っていたバスが、衝突事故を起こしてしまう。
倒れこむ乗客たち、血を流している者もいる。
幸い無傷の裕美だったが(なんて運の良い奴)、目の前でバスの窓ガラスが砕け散るのを目撃する。
その時、何かが裕美の中で爆発した!
視界は万華鏡ようにクルクル変化して、何故か?遠くに引っ張られるような感覚。
(消える ……… 私が消えていく ………… )
次の瞬間、顔をあげると、そこには気弱そうな裕美の姿は消えていて、ふてぶてしくて凶悪そうな顔が現れた。
魔性の少女《大沼ユミ》の誕生だった。
こんな感じが、『ヤヌスの鏡』の第1話だったと思う。
何故か?ふと、大映ドラマの事を思い出してしまった。
アクの強い登場人物、次々起こる怒濤の展開 ………
ありきたりの台詞のドラマに飽き飽きしている自分は、こんなドラマを、今、欲しているのかもしれない。
そんな大映ドラマの中でも、この『ヤヌスの鏡』は特に印象深いのだ。
最初この漫画を読んだ伊藤かずえ(当時、大映ドラマの顔)が、
「是非、このドラマをやりたい!」と自ら持ち込んだ企画だった。
だが、急遽「ポニーテールは振り向かない」の主演が決まり企画は宙ぶらりんになり棚上げされてしまう。
それが巡りめぐって、デビューしたばかりの新人・杉浦幸に白羽の矢が立った。
さあ、いざ、ドラマ撮影が始まると、プロデューサーは頭を抱えた。
杉浦幸のあまりにも酷い《棒演技》に!
おとなしい裕美は、杉浦幸の本来の顔立ちから何とかカバーできても(おとなしいゆえに台詞も少ない)、だが魔性の少女・大沼ユミはボロボロだった。
メイクや鬘(かつら)で誤魔化しても、演技なんていえるもんじゃないくらい、超のつくほどの《下手くそ演技》。
(何とかしなければ、とても放送なんてできない …… )
考えたこんだスタッフたち。(「だったら、なんで最初に演技テストでもしなかったのだ?」と思うのだが、そこは日本の芸能界。色々なシガラミがあったのだろう …… と推測される)
ユミの台詞は代役がアテレコを行う事になった。(後年、この事実を知って大ショックだった)
そして、脇を有名俳優たちでガッチリ固めて、名声優・来宮良子さんのナレーションが助ける。
こんな努力で、なんとか、この第1話が完成されたのだった。
放送されると、すぐさま『ヤヌスの鏡』は、ヒットして話題になった。(スタッフも、ホッと胸を撫で下ろしただろう)
それにしても、杉浦幸の演技は今観ても超下手くそである。(回を重ねてもいっこうに上手くならない)
だが、それが、かえって『大映ドラマ』の変な世界では、幸か不幸かマッチしていたので不思議なものである。
このドラマの立役者は、今観ても思うのだが、『初井言榮(はついことえ)』さんだろう。
ドラマでは恐ろしい祖母を演じていたが、実際は真逆で、裕美を打つシーンなどは、「とてもできない!」と二の足をふむくらいだったらしい。
それでも、やはり名女優。
祖母の初江が裕美を虐めれば虐めるほど、我々は裕美に同情して、変身したユミの大暴走を痛快に観ていたんだから、ドラマのヒットは、この人の貢献なくしてはなかった!と思うのだ。
ドラマ後半、裕美(ひろみ)=ユミだと知ってしまった初江は、変身したユミの前で、「あぁ、…… 情けない …… 」とへたれこむ。
そこへユミが、
「泣くのはやめな、ババァ! 『ババァが泣けば足元から蛆(うじ)が沸く』っていうだろう? どいつもこいつも辛気臭い顔しやがって、見てられねぇよ!!」
(スゴイ台詞!よくこんな脚本を書けるよ)
「おだまりなさい!!」
次の瞬間、気を取り直した初江が、スック!と立ち上がるのである。
こんな面白いドラマ、忘れようったって忘れられませんよ(笑)
DVDは、ところどころ台詞が無音になる箇所が数ヶ所あるらしい。(なんでも現代では差別用語になるらしくて)
かたい事言わないで、完全版を出してくれないかなぁ~(ドラマの始まる前に『おことわり』って形でいいんじゃないの?)
何にせよ、自分の中では、今でも印象に残るくらいのドラマなのであ~る。
星☆☆☆☆。
※《後記》そうそう、このドラマには、あの蟹江敬三さんが出演していた。
大沼ユミ逮捕の執念に燃える刑事役である。(『スケバン刑事Ⅱ』の刑事役をはじめとして、この時期の蟹江さんは、とにかく、次から次に刑事役を連発しておりました)
ただ、張り切りすぎてしまい、どんどん変な方向にいってしまうのだけど (笑)。
この《常識を逸した刑事役》は、その後、別のドラマにて最高潮(クライマックス)を迎えるのだが ………
それは、また別の機会で、ゆっくりと語りたいと思うのであ~る。