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2018年12月17日月曜日

映画 「何がジェーンに起こったか?」

1962年 アメリカ。





1917年、『ジェーン・ハドソン』は、わずか6歳にして、ボードヴィルの舞台に立ち歌っていた。



その姿は、『ベイビー・ジェーン』とあだ名されるほど可愛らしく大人気。

金髪の巻き毛に大きなリボン、フリルがたくさんついたドレス姿で歌う様子は、皆を魅了した。


皆がジェーンを讃えてくれて、両親もなんでも言うことを聞いてくれる。

その人気は、ジェーンと等身大のそっくりな人形まで作られるほどだった。






だが、一人、面白くない人物がいた。


年の近いジェーンの姉、『ブランチ』である。



同じ子役でも、ブルーネットの髪をもつブランチには、誰も相手にせず、両親もジェーンばかりをチヤホヤしていた。


「この悔しさ死んでも忘れないわ!」


ブランチの子供時代は、世間から冷遇されて、ジェーンへの憎しみをたぎらせて、そんな風に過ぎていった。







1935年、時は過ぎ、ジェーンとブランチは、成人をすぎると映画界へと進んだ。



だが、ここで姉妹の立場は逆転した!




今度はブランチが、映画界で押しも押されぬトップスターとなったのだ。




逆にジェーンは、パッとしない端役を演じる日々。


だが、そんな姉妹を突然、悲劇が襲う。

自動車事故でブランチが、脊椎を痛め、下半身麻痺になってしまったのだ。


映画関係者の話では、泥酔したジェーンが運転していた為に、起こった事故なのではというが、……真相は分からずじまい。






――――  そして、時はかなり過ぎて、1960年代。




二人の姉妹も老境にさしかかり、車椅子に乗った『ブランチ』(ジョーン・クロフォード)、その世話を嫌々しながら過ごす『ジェーン』(ベティ・デイヴィス)は、閑散とした一軒家に、たった2人で暮らしていたのだった。



だが、次第に、酒に溺れ、昔の栄華を忘れられないジェーンは、少しずつ狂っていく。



ブランチに対しても、どんどん異常な行動が増えていき………。




監督は巨匠ロバート・アルドリッチ


そして、大女優ベティ・デイヴィスが起死回生、大復活した伝説の傑作である。


なんせ、このベティ・デイヴィスのお姿が、もの凄い!



これが、あの『イヴの総て』のベティ・デイヴィス?!



白塗りの化粧に、

真っ黒な濃いアイラインをひいて、

オバQのような口紅。



長い金髪を縦ロールにして、リボンをしたジェーンの姿は、まるで化け物か妖怪だろう。(失礼なんだけど……でも本人もそれを狙ってやってるんだから、「これぞ役者冥利につきる」ってところだろうか)



その老醜を晒した顔は、往年のフアンたちを驚かせ、一瞬で戦慄させたという。



こんな姿の『ジェーン』(ベティ・デイヴィス)が、車椅子の『ブランチ』(ジョーン・クロフォード)を、徹底的にいたぶり続けるのだから、また、もの凄いドキツイ話である。



ブランチの飼っている小鳥を殺して夕食に出したり、鼠を出したりと、やる事なす事えげつない。(ゲェー)



ジョーン・クロフォードが、追いつめられ恐怖する様も、またそれはそれで恐ろしいお顔なんだけど。(こっちも妖怪風。負けてない)




だが、この姉妹の愛憎劇には、最後に、どんでん返しがあり、(ここでは語るまい)観る印象を、すべて変えてしまうのである。





この映画はヒットした。(何がうけるか分からないのがハリウッドの常)





ヒットして、アカデミー賞にまでノミネートされた。


そして、主演女優賞には、怪演が認められたベティ・デイヴィスがノミネートされた。




これに腹をたてたのが、相手役のジョーン・クロフォード。(あらあら、映画では気弱そうなのに。でも実際のジョーン・クロフォードの性格は、その真逆なのである)



クロフォードは、ベティに受賞させないように反対活動まではじめてしまう。



映画では、ベティに苛められる役だが、このエピソードだけでも、このジョーン・クロフォードの気位の高い性格の一端がみえてくる。




結局、受賞は逃したんだけど。(この年は『奇跡の人』のアン・バンクラフトが受賞している)



監督のロバート・アルドリッチは、次回作の『ふるえて眠れ』も同じ、ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードで撮ろうと計画していた。




だが、撮影が始まっても、当のクロフォードがこない。



先の事(ベティ・デイヴィスがアカデミー賞にノミネートされた事)を彼女は根にもち続けて、ヘソを曲げていたのである。



果ては、

「ベティ・デイヴィスに嫌がらせをされ続けた!」

とか、なんとか言いだして入院。長期に撮影をすっぽかし続けたのだった。(どうも嘘くさい入院にも思える)




困ったアルドリッチは、とうとう決断する。


それは配役変更。



ジョーン・クロフォードを降ろして、あの『不意打ち』のオリヴィア・デ・ハヴィランドを起用したのだ。(映画「不意打ち」はヒットしなかったが、ここで熱演が認められたのだ、おめでとう)



クロフォードは、これに、またもや憤慨(キィーッ!)、大激怒したそうな。



「病院のラジオで交代を知った」とか「9時間も泣き続けた」とか、言ったとかどうとか……。



ベティ・デイヴィスとアルドリッチを生涯、逆恨みし続けたという。




ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードの生涯にわたる因縁。


もちろん、我の強さではベティ・デイヴィスもひけをとらないが、味方をするなら、私もアルドリッチ監督と同じように、ベティ・デイヴィス寄りかな。(撮影すっぽかしは、許せませんし)


「同じ女優なら、演技で勝負しなさいよ!」

なんて言ってのけるベティ・デイヴィスの声が聴こえてきそうである。


相撲なら、土俵に上がってこないクロフォードにグダグダ言ってのける権利なんて、はじめからないのだ。(撮影すっぽかしだし)



その後、ベティ・デイヴィスは、『ナイル殺人事件』や『八月の鯨』など晩年も亡くなるまで活躍し続けたが、ジョーン・クロフォードは、たいした作品にも恵まれず、どんどん衰退していく。



ジョーン・クロフォードは4回結婚して養子を5人もうけたが、養子の一人は戻され、養子の一人には、「虐待されて育てられた」という暴露本まで出版されてしまう。



ハリウッドという特殊な世界でも、やはり最後は性格の良さが、命運を決めるのだ!という事をこのエピソードは、教えてくれる。



演じる事に真摯で懸命な、ベティ・デイヴィスやオリヴィア・デ・ハヴィランドなどは、いくつもの色褪せない傑作を残した。



ジョーン・クロフォードには、この映画だけが色褪せず残された。(他にも色々出てるし、主演女優賞までとっているのだが、あまり現代ではパッとしないし、これ以外、全然聞いたこともない作品ばかり)



なんだか、この文章を書きながら、『Wの悲劇』の三田佳子のセリフが、頭の中にポン!と浮かんできた。


「女優!女優!女優!勝つか、負けるかよ!」(笑)



収拾がつかない結びでスミマセン。


星☆☆☆☆です。(この写真だけじゃ、本当に人の中身は分からないねぇ~、くわばら、くわばら………)